見出し画像

体験がつながりあう、映画と本とカフェが重なる複合施設「出町座」

京都にあるオモシロい空間を紹介する「キョウのトコ」。第一回は出町柳の桝形商店街にある複合施設複「出町座」です。

 映画を観るために、街に出る、というのは出不精の私にとっていつだって大層なことだった。
 重い腰を上げて化粧をし、おしゃれをして、観たい映画の上映時間に合わせて家を出る。それらはどこか儀式めいていて、映画館で見た映画のことは、朝起きてから映画館を出て、家に帰るまでの風景とともに、今なおじんわり記憶に染み残っている。

商店街の真ん中で、映画

映画というのは、ものではなく行為なんです。自分の家から出て、どこかに行って、見て、帰ってくる。それ自体が映画なんです。
出町座代表、田中誠一氏、インタビューより

 京阪鴨東線の終着駅であり、叡山電車の始発駅でもある出町柳駅。京大や同志社など複数の大学に近接し、平日は学生で、休日は鞍馬や銀閣寺へ向かう観光客で賑わう。
 出町柳駅を出て、鴨川を渡ると、そこにあるのが出町桝形商店街だ。アーケードで囲まれ、八百屋や乾物屋などが立ち並ぶ商店街の真ん中に、昨年12月、カルチャー施設がオープンした。

 「出町座」は、書店とカフェ、映画が一体となった複合施設。最新作や話題作など、厳選された映画作品が常時10作程度公開されている。また、映画の公開や本の販売を記念した文化人たちによる豪華なトークイベントや対談イベントも頻繁に開催しており、京都のカルチャー拠点として、市内外から注目を集めている。

見て、聞いて、味わって、つながる空間

 地下1階を含む3階建の建物の地下1階と2階が劇場兼教室になっている。地下に42席、2階に48席。座席は広く、ゆったりと映画を楽しむことができる。チケットの発券は1階の券売機で。隣には、カフェ用の食券の券売機が並ぶ。

 1階に併設されているカフェ、「出町座のソコ」では、コーヒーはもちろん、本格的な定食からサンドイッチやホットドックなど劇場に持ち込みやすい軽食まで幅広く展開されている。また、季節折々の食材を使ったシーズン限定のオリジナルメニューが用意されることも。昼時になると、定食を作る、美味しそうな匂いが漂いはじめ、店内にいるお客さんが吸い寄せられるようにカウンターに集まる。

 そして、カフェのカウンターに座ると自ずと目に飛び込んでくるのが、壁一面の本棚。ここが書店「CAVA BOOKS(サヴァ・ブックス)」だ。海から京都へ、鯖などの魚介類の運搬に利用されている若狭街道(鯖街道)の終着点という顔も持つ出町柳。それを踏まえ、「CAVA BOOKS」は、本や映画を通じて新たな入り口へと向かっていく「旅立つ本屋」を目指しているという。本は、著者や分野などでグループ化され並べられている。一冊の本を探すと、左右や上下に世界が広がっていく感覚がして、それがまた楽しい。

 カフェカウンターの隅には、上映中の映画の関連書籍が閲覧できる出町座文庫が設置。さらに、劇場へつながる階段の壁面には、映画関係の書籍が並べられるなど、劇場と書店、カフェを相互に巡るきっかけを作る仕掛けが細部にわたり張り巡らされている。

 カフェでお茶を飲み、隣のお客さんが囁く映画の感想を聞きながら、その映画を観るか否か思案する。映画に心を動かされて、原作となった本を探す。ずっと探していた本を見つけて購入し、居ても立ってもいられなくてカフェでコーヒーを頼み本を開く。これらの"行為"をグラデュアルに行うことで、小さな世界がゆっくりと切り拓かれて大きくなる。

 商店街の中にぽっかりと空いた体験が無限大につながるこの空間。「ちょっと寄り道」して、なかなか出られない、なんて人も多いのではないだろうか。

〇〇〇

出町座についてもっと知りたい人は下記のリンクへ!

出町座HP

CAVA BOOKS HP

出町座のソコ 食べログ

〇〇〇

 取材を終え、「出町座のソコ」でカレーを食べていると、店長さんに、映画を見て帰ったら?と勧められた。時間的にちょうど見られそうな映画の中に、『タリーと私の秘密の時間』があった。店長さんから「その映画、お客さんの反応いいですよ」という後押しを得て、見ることに決めた。

新生児含む3児の育児に疲弊した母親、マーロの元に、ある日やってきたナイトシッター、タリー。口調もメイクもファッションもチャラチャラしたタリーに疑念を隠せない様子のマーロだったが、彼女の完璧な仕事ぶりを前に徐々に心を許していく。しかし、時間が経つにつれ、マーロの中でタリーの存在が大きくなり、二人やマーロの家族の関係に影が差し始める…。
『タリーと私の秘密の時間』あらすじ

 帰り道、3人の育児に疲労困ぱいしながらも、完璧を追い求めるマーロの姿を心の中で反芻した。同時に、もしもNetflixでこの映画を見つけたら、私はこれを見たのだろうか、と考えた。

 結局その問いの答えは出さぬまま、しばらく見ないうちにすっかり秋めいた鴨川の空気と一緒に、映画の思い出を家に持って帰った。

最後まで読んでくださってありがとうございます。いただいたサポートは、メディア運営費にまわさせていただきます。 快い一日をお過ごしくださいね。