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読みたい、書きたい、でもできない

昨日の続きになります。

今日は次女のこと。
次女の宿題は、長女のパニックとは違う方向性でしんどい。
次女は読み書きが上手くできない、いわゆる『学習障害』があるから。

だからといって、本が嫌いなのかと言うとそういうわけでもないんだよね。
本はよく見ている。
そう、『見ている』の。

次女の場合、小さな字…小学生が使用する国語辞典の字は既に何が書かれているのか分からない状態。
さらに、じっと見つめると視界が白く霞んで見えにくくなるらしく、
「ママが薄くなってきちゃった!」
というような怖がり方をするのね。
ちなみに視力は両目とも1.0で正常です。

で、こんな『読むことができない』状態の次女なんだけど、本には興味があるんだよね。
長女が本が大好きで、いつも面白いって話をするし、好奇心の強い次女は『本の中にはいろんなことが書いてあって、知りたいことが沢山書いてある』って思ってるみたい。
本が読めたら一人で読書をして時間を使うこともできるよね。
でも、現状これが次女にはできない。
読んでもらうしか本の内容に触れる方法がない。
一人でどうやって時間を潰すのかって、発達に凸凹のある子にはこれが苦手な子も多いけど、次女の場合もそう。

「一人で本が読めたらなぁ…」

と悲しげに言われると、こちらも胸が痛む。


読むことがこの状態で、書くことはと言うと、漢字ドリル10問を1時間かけてもできないことはざらです!
手先がものすごく不器用で、納豆も上手くかき混ぜられなくて、箸でガスガスつつく感じでなんとか混ぜてる次女。
自分が思うように手を動かすことができないから、細かい作業の時にはものすごくエネルギーを使っちゃう。
だって字って、読めないと意味がない。
書いたことが相手に伝わらないと、書いた意味が無くなっちゃう。


特に小学校の低学年のうちって、学校でも結構細かく書き方って言われるんだよね。
次女は支援級に所属してるからかなり甘く見てもらってるけど、でもそれでもしんどいことに変わりはないんだよね。

学校で頑張って、帰宅して家でも宿題を頑張るのは、次女にはしんどすぎてエネルギーが圧倒的に足りない。
だから、宿題をやろうって声をかけるとしぶしぶやり始めるけど、必ず私が傍にいて見ていないと不安になりすぎて涙がこぼれちゃう。

そして、読めないっことがここでも影響するのね。
つまり、宿題の問題が読みにくかったりするんだよね。

教科書の音読は、皆さんご存知かなぁ、読み上げしてくれる電子教科書があるんだよね。
興味のある方は『デイジー教科書』って調べてみてください。
で、このデイジーを使って、音読しないといけない回数を、次女の場合は『聞いてくる』のが宿題。

でも、宿題の課題は教科書とは限らないでしょ?
だから読み上げてくれるものがない。
そうしたら、私が読むしかないんだよね。

読んであげても、書くことは難しい。
だから、次女は読み上げた問題を一生懸命考えて、答えを私に伝えてくれる。
漢字だったら『部首』。
しらないへんだったりしたら、空中に指で大きく書く。
それを私が代筆するのね。

算数だったら、式を言ってもらう。
できるだけ大きく書いて、見やすくして、声に出して計算をしてもらう。
それをまた私は代筆していくのね。

こんな作業の繰り返しで次女の宿題は進んでいくんだけど、やっぱりそれでもエネルギー切れで、途中で眠ってしまう場合もあるんだよね。
こんな時には食事もとれず、こんこんと朝まで寝続けちゃう。
次女にとって、読んだり書いたりって、それだけすごくエネルギーを消費しちゃうんだよね。

夏休み中は私が見ているけど、じゃあ学校ではどうしてるのかというと。

私が在住している所は、支援学級に所属している子も普通学級に一日中席があるんだよね。
だから、どのこが支援級に所属しているのか、パッと見て分からないのね。
で、支援級に所属している子たちには勿論支援級の担任の先生がいるんだけど、支援担任の先生たちは授業の時にやってきて、普通級の中に支援の先生が入り込んだ形で授業をするんだよね。

でも、授業の時に困ってるのは支援級の子どもだけじゃなくて、実は支援級に所属してないけどすごく困ってるっていう子が何人もいたりするのね。
支援担任の先生は、そういう子にも付き添ってくれるんだよね。
これは凄くいいことだなって思うんだけど、支援級に所属している子に時間を割かないのはおかしいっていう人もいるのは事実。

でもね、支援級に所属してる子は、案外手がかからない、見守ることが今の支援って子もたくさんいるんだよね。
これは私が学校にお手伝いに入ることがあるから感じてるんだけど、この話はまた別の機会に。

で、次女は支援の先生が来てくれている時間は、代筆してもらったり、読み上げてもらったりすることもあるんだけど、支援の先生がいない時間ももちろんあるわけで。

そんな時には担任の先生がすごくよく見てくださって、やっぱり代筆してくれてたりするんだよね。

だけど、次女はこの半年くらいで周囲を見る力が急に伸びたのね。
それはつまり、『自分は人とは違う』ことを思い知るってことなんだよね。
このこともまた近いうちに書きたいんだけど、自分自身で人と比較をするから、クラスメイトに『ズルをしてる』と思われたらどうしようと不安になる。
人と同じように出来ない自分も情けなくて自己肯定感が下がる。
だからこそ、みんなと同じように頑張って書こうとする。

頑張るとかけちゃったりするからこれがまた問題なわけで。
「頑張ればできるじゃない。」
につながっちゃうんだよね。


本当は、エネルギー切れになりかけるほど頑張ってようやく書いて状態。
なのにこんなところだけ社会性が高くて、お外の世界では気を張って限界までやっちゃって、そのくせ表情はしんどそうではないから、他人には次女のしんどさは分からない。
学校の先生方は話せば納得してくれるけれど、それが実感として分かっているかと言うと、それは大分怪しいなと思ってる。
だって親だって実際なかなかピンとこないんだから。

こんな風に、次女の宿題や勉強は他人の力を借りいてやっとなんとかできる感じ。
なのになぜかいつも長女よりテストの点がいい(笑)

実は次女、今よく言われる『視覚優位』ではなく、『聴覚優位』なんだよね。
だから、すごく忘れっぽい特性のある次女なんだけど、こと勉強に関しては聞いたことは結構覚えてるんだよね。

で、『聴覚優位』っていいなぁって思うとこれが落とし穴。
なぜって、学校で受けられる支援って『視覚優位』の子むけのものばかりだから。
勿論『聴覚優位』の子にだって視覚支援は有効だけど、うちの次女の場合は『見えない』がくっついてくるんだよね…。
だから、きっといつも学校では心細い思いっをしてるんだろうなと思うのね。

いつも隣に支援の先生がいて、聞き逃したところとか、読まないといけないところを声を上げて教えてくれたり、読んでくれるわけじゃないから。
それにいつもそんなに声を出していたら、結構授業の邪魔になっちゃうでしょ?

色々調べたけど、日本で聴覚優位の子が受けられる支援って、どんなものがあるのか未だによく分からないんだよね。『目』や『耳の聞こえ』に障害のある方の学校にも問い合わせたけど、発達の凸凹、学習障害に関しては機能的に困る部分が違うから、対応できないと言われたしね。

こんな次女ただいま3年生。
どんなふうに成長していくのかなぁ。

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『発達障害』という言葉認知度は上がったと思いますが、実際の発達障害児の生活や家庭内の状況ってなかなか実感していただけないなぁと思い、書き始めました。 子育てに必要な勉強を続けていくために、「投げ銭」という形でご支援いただければ励みになります。 よろしくお願いします。

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のののんママ

発達障害のある小学生の娘2人の母です。日々のことを書きながら、『発達障害』という名称の認知だけではなく、その当事者と家族の生活や悩みや喜びをたくさんの方たちに知っていただけたらと思います。同じ悩みを持たれる方たちにも、共感や安心感をお届けできたらいいなと思います。
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