syamuさんと私を隔てるもの。

『Twitterで話題になっている「自分をADHDと思いこんでいるただの低スペック人間」って言葉を見て、発達障害の傾向があるけど完全にそうとは診断されない「ギリ健常者」はこれからも延々と生きづらさを抱えなくてはならないんだなぁ…と思い、死にたくなりました。』というツイートを、何気なく呟いてみたところ思ったよりも多くの反応を頂く事となった。
 多くが私と同じような生きづらさを抱える人たちであったのだが、その中で「syamuさんやんけ」とか「syamuさんもこれなんだろうなぁ」などと、大物YouTuberのsyamu_game氏と関連付けたリプライも一定数見受けられた。インターネット上では障害関係のネタを語る上で必ずと言っていいほど紐付けされる存在であるとされるが、引退から4年目となった今でも氏の人気が衰えていない事に関しては、ただただ驚くばかりである。

 世の中には彼の事を何もできないバカな奴のように揶揄し、罵倒をする者たちもいるが、私はそう思わない。むしろ、syamuさんの動画から伝わる底抜けの明るさには、ずいぶんと心を救われた覚えがある。鬱々とした感情ばかりの蓄積していた日々の中で、syamuさんの動画を見ていると明るくなれたような気がした。

 syamu_game氏とは何者か。簡単に説明をするならば、『のび太のバイオハザード』などを中心とするインターネットフリーゲームの実況プレイ動画を投稿していたほか、大阪府貝塚市の実家(父親の宿舎)を舞台に食品レビューやフリートーク、オリジナルメニュー作成の動画を撮影・投稿していた大物YouTuberである。ボーカロイドの調教、作曲や小説の執筆なども含む幅広いジャンルで意欲的に活動していたことでも知られる。作曲の代表作としては「サヨナラアトピー」(2010)、執筆活動での代表作としては小説「ゾット帝国」シリーズの一連の作品(2015)が挙げられる。
 2011年8月11日にイオンモールりんくう泉南(通称・泉南イオン)で開催したオフ会には誰も来なかったのだが、彼はなぜかこの様子を動画に収めてYouTubeへと投稿したため、これがさらに転載を繰り返され伝説のオフ会0人(オフゼロ)として今に至るまで語り継がれている。
 この話題性に目をつけたニコニコ動画運営は、これに関連するイベントを開催し、8月11日は「オフ会推奨日」などと銘打ったが、定着することはなかったという逸話まで残す。

 syamuさんの抱える身体的・知的・精神的問題の多さから、視聴者の中には彼を「ガイジ(障害児)」と罵るものも少なくないが、障害持ちであると確定していないことから「ギリ健(ギリギリ健常者)」と呼ぶものもいる。
 未だTwitterや動画投稿サイト等でsyamu_gameの人気は衰えていない。そして、私も彼の魅力に取り憑かれてしまったファンの一人なのである。どうしても書きたくなったから綴りたい。

 私とsyamuさんは、どこか似ている。ギリギリ健常者であることの生きづらさもそうだし、虚弱体質だったり低身長だったり学習能力の低さもそうだ。幼少期にはアトピーで悩まされた事もある。だから、私は彼を見た時に他人ごとだとは思えなかった。動画を見ていてもコメント欄の多くが彼を嘲笑しているものでも、どこかで笑えない私がいた。それは、自分と重ね合わせて見ていたからだろう。同じ生きづらさを共有できる仲間だと思っていた。
 彼がネカマに騙された時も、ハサミにしてやられた時も、焼き肉から「頭おかしなるで」と言われた時だって、妹から「オイ、引きこもり」と言われた時さえも、全てが自分の将来を鏡写しにしてパソコンのディスプレイに表示されていたのだとさえ思っていた。そして、将来に対して漠然とした不安を覚えながらも、動画の中では明るく振る舞っている彼に強く惹かれていった。気がつけば、他の淫夢厨や俺オナ民たちと一緒に彼をオモチャにするつもりでいたのに、私は彼のファンとなっていた。それも、他人よりも熱心なファンに。
 
 思えば、大学生活の殆どはsyamuさんの動画を見続けていたような気がする。彼に憧れてエンターテイメント小説の新人賞に応募をした事もあった。その時に応募した小説の新人賞。選考側からも良いコメントと評価を貰えていたので、もしかしたらイケるかな…?と期待をしていたのだけれども、残念な事に落ちた。 まぁ、世の中はそんなに甘くない。
 小説といえば近頃の流行は、やはり異世界転生モノをはじめとしたファンタジー作品であるとされているのだが、私はどうもこの手のファンタジー作品を書くことができない。ストーリーを作ることの苦手さというのもそうであるが、個性あふれる登場人物のキャラクター的な特徴を決めたり、読み手から見て魅力的で引き込まれてしまいそうになる独特かつ分かりやすい作品の世界設定を考える事ができないのだ。
 syamuさんは「ゾット帝国騎士団カイトがゆく!~人を守る剣の受け継がれる思い~」と「ゾット帝国親衛隊ジンがゆく!~苦悩の剣の運命と真実の扉~」といった二つのファンタジー作品を世に出している。そして、その作品の中では大型肉食恐竜型ハンター、小型獣型ハンターなどという特徴的で優れたネーミングセンスを持つキャラクターが登場し、読者の心を惹き付ける。だけれども、私は何も書けないし作り出せない。

 syamuさんに憧れて、彼の真似をしようとしてオリジナルメニューを作ろうとした。でも、カツカレーを芸術的なレベルで汚く盛り付ける事はできなかった。マックのハンバーガーが裏表が逆というのも、いまいち分からない。キムチは普通に食べるしチキンラーメンは卵とネギをまぶして食べるのが王道だと思っている私は、やっぱり彼のような独創的な料理を作り出せない。

 異性との性的な接触を目的に…といった雰囲気を臭わせつつ、ネット掲示板やTwitter繋がりで知り合おうとした事がある。待ち合わせの駅に7時間放置されてみたかったからだ。そして、彼に少しでも近づきたかった。
 でも、待ち合わせ時間に、その場所にやってきたのはネカマでもなんでもない普通の女性だった。ホンモノのオフパコ希望者だった。私は怖くなって「ちょっとトイレに行ってくる」とかテキトーな理由を付けてその場から逃げ出し、相手の連絡先を全てブロックして帰った事がある。駅で7時間放置されるという夢も叶わなかった。(まぁ、もし駅で放置されても鉄道マニアなボクは、そこから乗り鉄でも出かけたりするだろうなぁ)
 
 syamuさんの引退後、彼の残した伝説に一歩でも近付こうとしたけど、どうやっても近付けなかった。私は常に、彼の幻影を追い求めていたのだと思う。山崎まさよしじゃないけど「いつでも探してしまう、どっかに君の姿を」というやつだ。
 大学4年の頃、どんなに就活で自己嫌悪に陥って心が麻痺しても、家に帰って淫夢見たりsyamu動画とか見てれば自然と笑顔になれていた。だから早く復帰してほしかった。そして、1日だけ復帰した日は、全世界が涙した。

 本当に改めて考えると凄いな、って思うなあ。syamuさんはやっぱ。凄いなあと思うなあ。 サムネも作れるしさ、曲も作れちゃうし、ほんでー動画も編集できるでしょ?ほんでー、さらには小説も執筆してるって。ほんでー、撮影・収録も一人でやってるって。なかなかできないよ、そういうことは。なかなか難しいと思うよそういうことは。 そういうクリエイティブな人はなっかなかいないと思うよ。ねぇ…。
 それに比べて私は、本当にどうしようもないって思うなぁ。私はやっぱり低レベル過ぎるなぁ。サムネを作る能力も無ければ作り方を学ぼうとする姿勢も無いし、作曲どころか作詞すらできないし、動画の編集のやり方が分からなければ分かろうともしない。小説は書こうと思えば書けるけど注意力が散漫となって途中で放棄しちゃってばかりだし、撮影や収録なんて夢のまた夢だ。普通の仕事もできなければ独創的でクリエイティブな活動もできない。ここまで何の能力もないゴミはめったにいないだろうね。

 才能の無い自分。何者にもなれない自分。これらの事実をどうやっても受け入れられなくて、でも現実から目を逸らす事もできなくて。自己が拡散してバラバラになってしまいそうで、怖くてどうしようもない。なんの才能も無くて、創造性も感受性の豊さも何一つとして持っていなくて、あったとしてもそれらを活かす事ができなくて、もちろん小説家にはなれなくて、普通の会社勤めにも適応できずに底辺をさまよい歩いて、幸せも得ることがなく面白くもない人生で死ぬという現実に耐えられない。
 中学高校大学と何者かになりたいと思いながらも「何者にもなることができず」アイデンティティを確立する事ができなかった私は、社会人になってからも私ってなんだろう?みたいな解決しない問いを頭の中から払拭できずに「何かになりたい」との思いを死ぬまで抱え続け亡霊のように彷徨うのだろうな。
 
 その点、syamuさんは「大物YouTuber」という「何者か」になれた。私はそれがとても羨ましくてしょうがない。

 syamu_gameの何がそんなに私を惹きつけたのだろうか…と考えてみたのだけれども、やっぱりそれはsyamu_gameという大物YouTuberの後ろに居続けていた浜崎順平の存在なんだと思った。
 大物YouTuberとして知られていたsyamu_gameと、それを演じていた浜崎順平は決して同一ではない。
 syamu_gameという名前はYouTuberとして売り出すためのハンドルネームに過ぎない。彼の本名は浜崎順平という。
 浜崎順平はsyamu_gameの明るい動画の底にいつでも存在していた。

 いや、そもそもsyamuさんの動画はテンションが高く見えるだけで決して明るくはない。動画で見る彼は無理をしていたのかもしれない。自分が働けない事、焼肉との軋轢、ネカマ被害…。「お母さん。コンドーム買うからお金ちょーだい!」と、末期には自虐ネタにも走っていたが、そこには自分自身の事さえネタにするしかない浜崎順平の苦悩があったようにも思える。

 底抜けな明るさを動画の中で演じながら、オフ会に誰も来ないとどこかで分かりつつもオフ会を企画したsyamuさん。パッと動画を見ただけでは明るい演技につい見逃してしまいそうになる、浜崎順平の存在。しかし、末期の動画に代表されるような彼の苦しみや悲痛な叫びを知ったとき、彼に寄り添いたいと思った。傲慢な考えだけれども、彼と痛みを分かち合いたいと思っていた。
 でも、本当は、私が彼に救われていたんだよなぁ…

 syamuさん。いつの日か復活してくれる事を祈っている。

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ねんね

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