天国への階段 (Stairway to Heaven)   もしも世界がかえられるなら (Change the World)  其の五

 コート姿の他の男達も晴太郎と同じ状態のようで、ブツブツ言っては頭を捻っている。

「みな、自分が死んだことやそのときの状況、生きていた時の名前などすべて記憶が消えている。だが心配ない。仕事を始めたら思い出す。今記憶が無いのは一時的なことじゃ。雑念があると仕事が始められぬからな」

 「仕事?」という声がさわさわとさざ波のように聞こえてくる。

「良いかな、人間は死ぬと大きく三種類に分類される。天国へ行くもの、すぐに地獄へ落とされるもの、そしてお前達天使と呼ばれる者達だ。天国へ行く人間は、この世に心残りの無いように七日間地上にとどまり、気持ちの整理をつける。その世話をするのがお前達天使だ。ここまでは分かったか?」

 コソコソという小声が何層にも重なって、かなりな喧噪だ。晴太郎は、仕組みがよく分からないということよりも、自分が天国に行ける人間ではない、ということに不満だった。詳しいことは何も思い出せないけれど、自分が良い行いをしていたという自信めいた感覚は残っていたのだ。

「お前達の前には、必要な道具がそろっておる。天国携帯電話、他言語変換装置、心の声遮断装置などだ。それらについては後で具体的に説明する。まず、死後の世界のシステムについてが先だ」

 白い時代がかった服装の老人は眼光鋭く、キッと会場全体を見回すと、まさに蛇ににらまれたカエルのように、縮み上がってしまった。

「まあ、だいたい推測がつくだろうが、お前達天使は、即刻地獄へ落とされるほどの悪人ではないが、天国へ直行できるほど善人でもないということだ。だから天国へ行くためにこれから天国へ行く人のお世話をする。百人する。そうすると、お前達も晴れて天国へ行ける。つまりは修行のようなものだ。だから、お前達の仕事を『天国への階段』、天国へつないでくれる行いと呼ぶ」

 老人は振り返って緑の板にチョークのようなもので、「天国への階段」と書いた。

「現の世で、『天国への階段』という芸術性の高い楽曲があるそうだが、それはまた、仕事をしていくうちに耳にすることがあるだろう」

 老人の動作が瞬時停止したので、楽曲が流れてくるのかと思ったが、そうではなく、雲がもくもくしている天井から、何やらややこしい、家系図のような物が降りてきた。その図でいくと、どうやら自分たち天使の上に十二使途(キリストの「ユダ」を除く全員の弟子)がいるらしい。そして各々の使途には、ラファエル、ガブリエル、ミカエル、という手下の天使がいることになる。雲のもくもくに阻まれてよく見えないが、使途の上にも誰かがいるようだ。

「お前達はこの説明会が終わったら、それぞれの使途の館へ行く。そしてお前達はラファエル、ガブリエル、ミカエル、の名前を『天国への階段』の仕事中は名乗ることになる。今現在お前達は自分の生きていた頃の名前を忘れているし、思い出した後も、この三つの名前で通す方が分かりやすいからだ」

「あのう、『天国への階段』って具体的に何をすればいいんでしょう?」

 二、三列前に座っている男がおずおずと手を上げて尋ねた。

「ケースバイケースだな。この世に未練を残す事情は、人の数だけあるから、一括りに言うことなど無理だ。それを思い知ってもらうために、一番最初の仕事は特に難関なケースを当てている」

「でも、それだと、不十分な世話で、天国へ行く人達は迷惑するんじゃないんですか?」

 今度はもっと左後ろから声がした。

「心配ない。お前達がへまをしそうになったら、必ず助けてくれる先輩天使とそれぞれの使途の館で出会う。そいつらはもう後、一つ、二つで天国へあがれるベテランだ。必ず、天国形態電話の番号、アドレスを聞いておくんだぞ。まあ、心配せずとも、向こうから進んで教えてくれるがな。その先輩天使と一緒に、丁寧な仕事をするように」

 老人は立ち去ろうと一歩踏み出して、また戻ってきた。

「後二点。ここにいるお前らは生きていた時にキリスト教を信仰していた者達だ。仏教を信じる者にはまた別の場所でこういう話をしている訳だ、イスラム教も別のシステムだ。しかし、たどり着く天国や地獄は、どの宗教を信じていても同じところだ。信仰を持つもの、持たないもの、どの信仰を持つかなどは、各個人の一番取っ付きやすいものを生きている時には選ぶ。そして愚かしくも、宗教を巡って戦争を起こしたりしておる。しかしな、神、というか、自然の理というか、そういうものはたった一つなのだ、人間は皆等しく尊いということを頭に入れておけ。

 それから、様々な装置。『天国携帯電話』は先ほども言ったように、現の世で使われているものとかわらん。出会った天使達と番号を交換しておけば、対処に困った時に助け合える。また、『他言語変換装置』というのは、例えば日本人の天使にアメリカ人の天国へ行く人があたった場合、その装置のを使えば、相手の話す英語が日本語になって聞こえてくる。そして、『心の声遮断装置』。お前達天使と、お前達が世話をする天国予備軍の人間は、人の心の声、つまり本音を聞くことができる能力を備えている。でも場合によっては、天国予備軍の人間達にとって、とても聞くに堪えない心の声がある。だからそういう時は、この装置を使って心の声を遮断する」

 晴太郎は、なんで心の声なんか聞こえる能力を備えていただけるのだろうかと訝しんだ。そんな能力が天使の仕事、いや『天国への階段』にどうかかわるのだろう。

「大事な装置はそれくらいか。後はおいおい学んでゆくが良い」

 そういい終えると、白いドレス姿の老人は、文字通り煙とともに一瞬で姿を消した。

( to be continued )


この記事が気に入ったら、サポートをしてみませんか?気軽にクリエイターを支援できます。

note.user.nickname || note.user.urlname

文章を書いて生きていきたいと思っております。私の文章が気に入ってくださったら、ぜひ、サポートをお願いします。励みになりますので。

3

Ran

天国への階段 Stairway to Heaven

天国へ行ける人、地獄へ落ちる人、天国へすぐには行けないけれどある仕事をすれば天国へ行ける天使と呼ばれる人たち……。その違いは何なのか。心温まるヒューマンストーリーです。
コメントを投稿するには、 ログイン または 会員登録 をする必要があります。