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【読書日記】ファスト教養 10分で答えが欲しい人たち

ファスト教養 10分で答えが欲しい人たち(レジー・著/集英社新書)」を読みました。

著者のレジーさんは、一般企業でマーケティング戦略立案の仕事に従事する傍ら、日本のポップミュージックなどの考察・批評活動を行っており、この本以外にも「夏フェス革命 音楽が変わる、社会が変わる(blueprint)」、「日本代表とMr.Children(宇野維正との共著、ソルメディア)」といった著書があります。

本書は、社交やスキルアップのために「教養を手っ取り早く学びたい」というビジネスパーソンが増えている状況を「ファスト教養」と名付けて、「近年なぜファスト教養を人々が求めるのか」を、概ね2000年代以後の政治やビジネスの著名人の言動や社会事情などから丁寧に分析する本です。

前半部分では、「ファスト教養」の考え方が生まれた経緯について紐解いています。それは「自力で稼ぐ人ほど偉く存在価値がある」という価値観が根底にあり、その価値観は、2000年代初頭の小泉内閣の構造改革あたりに日本で生まれた、いわゆる「新自由主義」や「自己責任論」という、個人の成長を過度に求める時代風潮への不安感とリンクしているのではないかと著者は考察します。

そのよう時代考察から、2000年代のホリエモンから2010年代のNewsPicksなどがブームになった背景について、様々な本や著名人の発言をもとに「ファスト教養」を求める人たちが追われる「不安の正体とは何か」を丁寧に炙り出していきます。

後半部分は、単に「ファスト教養」を求める人々を否定するのではなく、「ファスト教養」に陥る人々の不安に対して理解を示したうえで、「ファスト教養」が求められる風潮に対して個人がどう向き合っていくのかという点が示されています。

その中で、私がとても面白いと思った点は、「ビジネスに役立つから教養を学ぶ」という考えにも理解を示す一方で、「自分の好きなものを深く学ぶことこそ、その人の血肉となり、本当につらい時に自分を内面から助けてくれるのではないか」という著者の意見です。

それは、現在の資本主義経済の中で「ファスト教養」が求められる社会の価値観がすぐに変わることは無いが、そのような「空気感」に向き合うためには、個々人の内面にある「好きなこと」や、すぐに役立つわけではなくお金にもならないような「無駄なもの」と向き合ってみようということです。

そして、自分の「好きなこと」と向き合うために、哲学者の千葉雅也氏の著書「勉強の哲学」における「欲望年表」の手法を紹介しています。これは、「取り組むべき勉強のテーマを自分の内面から見つけるに当たって、これまで自分がどんなことにこだわりを感じてきたのかを列挙し、そこから抽象的なキーワードを導き出す」という手法です。そこで浮かび上がってきたものこそ、「人生のコンセプト」になりえるものであり、役に立ったり、お金になるといった視点に左右されないものであるということです。つまり、自分だからこそ学ぶ意義があるものを見つけ出すことこそ、「ファスト教養」に抗う一歩になるということです。

本書は、「ファスト教養」を求める風潮や人々を単純に批判するのではなく、なぜそのような現象が起きているかを読み解き、ファスト教養に抗いながら「学ぶ」ために何が必要かを丁寧に解説してくれていてとても面白かったです。

「ファスト教養」に抗うための著者の提言を、私なりに考えると、「自分が好きなもの」を見つけるためには、日々の暮らしの中で、心に残った音楽だったり、目に触れて気になったアニメだったり、直感的に面白そうと思ったドラマだったりと、自分が好きになる以前の「自分が気になるもの」と、まずは偶然出会う場や環境が必要になるとのではないかと思いました。

それは、人によっては、自分の関心でフィルターがかかるSNSで入手できる情報ではなく、実際に足を運べる本屋かもしれないですし、散歩して偶然出会う看板かもしれないですし、なんとなく入った飲食店かもしれません。

「ファスト教養」に左右されないために、自分の「好きなもの」を掘り下げつつ、新しく好きなものと「出会う」環境も大事にしていければと思いました。

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