過去の引き出しを開けるとき

(今週の共通テーマ: 映画館)

「今日のテーマは映画館でお願いします」

彼からのメッセージが、いつものようにポーンと届いた。

映画館...。映画館? 映画館かあ。

わたしは電車の中で、うーんと少し考えてから、読みかけの本を閉じた。

彼とのオンラインでの言葉あそび(と呼んでいる)がはじまって、1ヶ月近くが経過した。毎週2回、お互いがテーマを出し合って、それに沿って文章を書く。

エッセイでもいいし、ショートショートでもいい。
提出期限とテーマだけが決まっていて、そのテーマは、お互いが交換で出していく。

ぜんぜん違う話になるときもあれば、彼との思考回路が近い部分があるからだろうか。お互いの話が不思議と、どこか交差するときもある。

書いている時間も、それを読んでいる時間も、なんだかすごく自由で、心地よかった。

そんな彼からいただいた、本日のお題が「映画館」だったわけだ。

映画館かあ...。脳内でもう1度、繰り返す。

そういえば「映画好きなんです」と、前に京都で会ったときに、言っていたっけな。

いつもは「わかるなあ」と共感できるポイントが多い彼の話で、多分、めずらしく共感できなかったポイントだったな、としみじみ思った。

わたしは、ほとんど映画を観ない。...というより、じっとしていることが苦手だからなのかもしれない。映画館に関しては、想定外に発生する、大きな音も苦手だ。

そんなわたしの「映画館」の引き出しは、なんだろうなあと考えていたら、ふと、今はもうなくなってしまった地元の映画館を思い出した。

今でこそ映画館なんて滅多に足を運ばなくなってしまったけれど、
そういえば、学生時代はよく、遊びにいっていた。

やれ新作の恋愛ものだの、アニメだの、海外ものだの。
「観たい」という自発的な欲求より、友達から「観にいこうよ」と言われて、断れずについていったり、憧れの先輩とデートする口実だったり、そんなちょっと、不誠実な理由で。

ふと車内の案内表示に目をやると、次の次は、横浜だ。
すこし考えて、わたしは電車を降りることにした。

あの映画館が街から消えてしまったとき、なんだか思い出ごとすっぽり抜けてしまったような、不思議な気持ちになった。

映画がはじまる時間までコインゲームをしたり、プリクラを撮ったゲーセンも、かならず買ったクレープ屋も、お気に入りだった雑貨屋も、ある日突然まるで最初から存在していなかったように、まるごとなくなってしまった。

駅から15分ほど歩いて、その場についた。
かつてまっさらだったその場所には、もう別の建物が誇らしげにたっていて、何もなかったときよりも、なんだか悲しい。

わたしにとって映画館は、映画を観る場所ではなかったけれど、それでも大切な場所だったのかもしれないなぁと、すこししんみりした気持ちになった。

街もひとも、変わっていく。思い出だって色鮮やかになって、現実とは変わっていく。
そして知らぬ間に、忘れていく。

だけれどこうやって、思わぬ瞬間にふわりと引き出しが開くことがある。
忘れるは、”なくなる”じゃない。
ちゃんといつでもそこに、自分の中に存在してるんだ。

スマホを取り出して「テーマ、りょうかいです」と、彼に返信をいれる。

何を思ってか、建物にカメラを向けて、1枚だけシャッターを切った。


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