スクリーンショット_2019-03-18_1

どう足掻いても何回数えても手は2本しか生えてないからね

2ヶ月も前の話をしてしまうのだけれど、新年って気持ちが良い。
仕事も喧嘩も恋も何もかも真っ白に戻って、去年の自分の全ての事にリセットボタンを押して「よし!マリオがスターを取った!」みたいなあの気持ちはどこからやってくるのだろう。まるで自分が突然超人になったような。きっと私だけではないはず。

年に”スーパースター超人タイム”は新年と4月、2回ある。4月までのカウントダウンが始まったから、そうだそうだ、こんな気持ちを連れてきたのだけど。

ぶわっと自分の頭の中に眠っていた蕾が一斉に花をつける(ような)、体の腰痛だとか、なんだかむくみ気味の足だとかが急にふわりと軽くなる(ような)、満点の星空の下、大好きな彼とゴロリ寝そべって、愛を語ってしまった時のあの気持ち(のような。それはやりたいよね)。

とにかく無敵。ばっちこい新しい年。ばっちこい困難、悲しみ、試練。
あの状態の時に「今年の目標」なんて立てるもんだから、

月に本を30冊読んで、
毎日ブログもつけて、
SNSのフォロワーが3000人ぐらい増えて、
英会話の勉強もはじめちゃって、
体重が20kgも落ちちゃって、
海外に移住なんかもしちゃって、
月収が+10万上がっちゃって、
カメラも上手くなっちゃって、
将来のパートナーまでできちゃう、
そんな私が1年後の今日「まあ、ちょろいよね」なんて言って笑っていたりする。という未来が出来上がる。

そして1年後の今日、また同じことを綴っているのだ。
「今年は月に本を30冊読むぞ!」と。

どう足掻いても。何回数えても。手は2本しか生えてない。
右手と左手で何か1つずつ掴んだら、もう手の中はいっぱい。
ましてや、前に掴んでいたものの上から掴もうとした日には、新しいおにゅーがバラバラと床に落ちて散るか、先住人が手のひらでぺっちゃんこに潰れてしまう。

だから私たちは、本当に欲しいものを握りしめなきゃいけない。
天秤が掲げた方を、潔く、捨てなければいけない。

だって残念ながら私たちの手は、何度数えても二本しかない」


今月も残念ながら超人になれなかったわたしは、ひとつ手放すことにした。
それは「終わらないマラソンをすること」。

走っても走っても距離が縮まらないような、頑張っても頑張っても何だか息苦しいようなそんな気持ちから解放されるにはそもそも思いきって止まってしまうこと。
競争をしないこと。
恐れず他人のものさしを遠ざけること。
後ろと前を勝手に決めないこと。
自分の人生をきちんと生きるって多分そういうこと。

戦うことをやめた、というより「私のために何かすること」を手放してみた。「自分の損得を考えること」を切り離してみたのだ。
とにかく与える。
自分の「want」より、あなたに寄り添うことを、最優先に置いてみた。

そしたら、すっと喉に息が通るようになったし、案の定、空いた右手には人生において、本当に、本当に大事にしたいものが降ってきた。

ついつい、欲張っていっぱい掴もうとしてしまうけれど。実はね、手と一緒で足も二本しかなくて、モーターなんかついてない。
だからいっぱい抱え込んだところで、前に進む速度は変わらないし、なんなら重くて遅くなってしまうかもしれない。

大事なものは、しっかり5本の指で掴めるように。
ひとつ手放して、ひとつ手に入れる。

焦らなくても大丈夫。置いてけぼりなんかにならないから。
だってみんな、
”どう足掻いても何回数えても手は2本しか生えてないからね”

のち

この日記は、オンラインコミュニティ.colonyの部活「 #まいにち日記部 」の3月の共通テーマ「私が手放したもの」に沿って執筆したものです。

この記事が気に入ったら、サポートをしてみませんか?気軽にクリエイターを支援できます。

note.user.nickname || note.user.urlname

サポートいただいたお金は、次に書くnoteの活力として使わせていただきます....!

とても嬉しいです*
65

古性のち

フォトグラファー / 物書き。珈琲ブレイクのようなホッとした時間を綴ってます

今日のなんでもない日記

放っておいたら、しゃぼん玉のようにいつか頭から消えてしまいそうな、だけれどどこかに残しておきたいような、ふとした日常のひとりごと。昔のmixiのような、とりとめのない文章を認める場所に。
コメントを投稿するには、 ログイン または 会員登録 をする必要があります。