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「恋」と聞いて真っ先に想い浮かべる人のこと

「恋」と聞いて、真っ先に思い出す人がいる。
恋の先に愛がある、という話をよく聞くけれど、
「愛」と聞いても決して君の顔は思い浮かばないのだから、あれはもう、孵る事のない無精卵の卵のような、そんなどうしようもない恋だったのだろう。

窓辺にずらり並んだ観葉植物と、テーブルに無造作に置かれたコイン。
午後になると日差しが入らない部屋はちょっぴり薄暗く、濃い、茶色の背の低いソファが、何か大きな黒い塊のように、静かに居座っていた。
少し煙たい煙草の匂いと、度の弱い黒縁メガネ。
ボサボサに伸びた長い髪の間から見え隠れする、ちょっと切れ長の瞳と視線が交わるたび、壊れそうなくらい悲鳴をあげる胸の痛みに、いつも泣いてしまいそうだった。

深夜2時。くだらない話を散々して、わたしが浅い眠りに落ちたふりをすると、そっとベッドを抜け出して。部屋の隅っこのキッチンで、煙草を燻らせる彼をこっそり見つめているのが好きだった。

「ねえ花火をしようよ」と突然提案したわたしに
「いやいや、ここで?バカじゃないの?」と笑いながらベランダの窓を開けてくれて、秋の風が通り抜けるちいさなベッドにふたり寝転がって。儚く散っていく線香花火を見ながら「綺麗だね」と呑気に話しかける私に「お前さこれ、火災報知器なったらどうすんの」と呆れた顔で笑う君が好きだった。

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彼が好きだった。
彼もきっと私が好きだった。
でも、私たちの「好き」は、まるでピースが合わない、ちぐはぐなジグゾーパズルのようで。

なんで?と言えばきりがないし、そこに正しい答えなんてはなかったように思う。

ただ、気づいた時にはひとりぼっち、真っ暗な闇から動けなくなってしまっていて。なのに何年も、あの暗闇でまた、光がくるのを待っていた。

だって私たちは当時まだ、手探りで未来を探している、20才だったんだ。

* * * 

あの部屋で過ごす日々は、何故かそこだけ世界から切り取られ置き去りにされてしまったようなそんな時間で。
そのまま、呼吸さえも止まってしまいそうだった。

「あの時はなんていうか。なんだろうね。でも、俺にとってもあの時間はすごい、大事だったんだよね」
約7年ぶりに会う彼は相変わらず煙草を吸っていて、お前も老けたなあ、とわたしを指差しながらケラケラ笑っていた。

「本当、懐かしいよな」

たくさん泣いた恋だった。
だけれどもし、また生まれ変わったとしても。
またこの人に会いたいと願ってしまうわたしは、君が言うように、大馬鹿者なのでしょう。

「今でもね。世界中が敵になったとしても、わたし君の味方でいたいだなんて思ってるよ」
大真面目な顔して言ったわたしに吹き出して、なにそれ、バカじゃんと笑う。つられて私も笑う。

「またいつか、一緒に花火でもしような」
君がそっと、あの日と変わらない匂いのする、煙草を燻らせた。

この日記はオンラインコミュニティ .colonyの共通テーマ「わたしのときめく恋の話」に基づいて執筆したものです。気になる方はぜひ、ハッシュタグ #わたしのときめく恋の話 を検索してみてください。


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