ノラ編集者

フリーランスの書籍編集者/ライター/たまに無職。宅配便の人には「漫画家ですか?」と聞か…

ノラ編集者

フリーランスの書籍編集者/ライター/たまに無職。宅配便の人には「漫画家ですか?」と聞かれ、タクシーの運転手さんには「お医者さんですか?」と聞かれ、伊勢丹の人には「SEですか?」と聞かれます。とりあえず全部に「はい」と答えています。

最近の記事

地下鉄サリン事件の取材で学んだ、「そのまま書くこと」の尊さ。

「いい石に、きれいな細工はいらないんだ。グッと持ち上げて爪をかけて、それだけでいい」 宝石職人さんのインタビューに、そんなことが書いてあった。本当にいい宝石なら、まわりをダイヤで囲んでキラキラにしたり、凝った枠をつけたりしなくても、いい指輪になる、と。 たしかに、おいしい野菜は生でもおいしい。ヘタのところから、青い草の香りがふわんとするピカピカの赤いトマトを、煮込んだり、ドレッシングをかけようと思わないのと同じだ。「書くこと」も同じじゃないかと思うことがある。 目次 *

    • 人生に計画はいらない。気分で会社を辞めても、意外となんとかなる話。

      2011年の3月は、大きな大きな震災が起きた。この国に生まれて、「いつか地震は起きる」と言われて育ってきたが、まさか身近な出来事として起こるとは、思っていなかった。2019 年の春は、次の年の春にウイルスが世界を覆うなんて想像してなかったし、2020年の春は、1年後の春も、花粉症以外の理由でマスクが手放せないなんて、思ってもみなかった。予想できていた人、いるのかな? MY水晶玉とか、もってる人かな? 目次 ・どんな人生にも「予想外」はつきもの。 ・「転ばぬ先の杖」って言うけ

      • おばさんは痴漢にあったら、うふって喜ぶべきなの?

        中年ノラ編集者の、曖昧なこの世界はいつもグレー。 関係ないけど写真はブリュッセルの古いビヤハウスFalstaff。朝ビールを強くお勧めします。 痴漢に無言だった15の春。日常的に痴漢にあっていたのは15歳、千代田線各駅停車、代々木上原行。 地味顔、小柄、制服という痴漢イメクラのリアルみたいな姿で満員電車に乗っていたから、サラリーマンの皆さまに、さわられ放題。鋼の神経となった今となっては信じられないことだが、当時はなかなか声が出せず、無言で手を押しのけつつ耐えていた気がする

        • 孤独な中年がたっぷりと幸福を味わう朝。

          靴紐がきゅっと結べると気持ちいい。 すぐに来るエレベーターが気持ちいい。 青に白が混じって、淡くなってきた空の色が気持ちいい。 駐車場のバイトの男の子が、片手でひっそりとるリズムが気持ちいい。 坂道を降ってきた車の、あかるいブラウンの屋根と光る黒のボディ。 信号待ちの時に通り過ぎていく車の車窓から、外を眺める犬の丸い目。 前を歩いていく、しゅっとした若いお父さん。 若いお父さんと手をつないだ小さい女の子の、左右にはずむポニーテール。 リュックの横でゆれる、お気に

        地下鉄サリン事件の取材で学んだ、「そのまま書くこと」の尊さ。

          miu miuと共感の分量

          朝の表参道は人が少なく、歩いている人はそうとうに少ない。行きかう人はだいたい、走っている。信号待ちの間まで、リズミカルに足踏みしている。満杯の目的意識が体から放たれていて、なんだかきらきらしている。 おじさんはだから、わたしに話しかけてきたのだろう。あからさまに暇そうにだらだら歩き、交差点でもぼんやり止まっているだけだったから。 「すみません、あの看板」 ポンポンのついた帽子が可愛らしい彼は、おじさんというより年齢的にはおじいさんだろう。指差すのは、おなじみ谷内六郎の絵

          miu miuと共感の分量

          フリーランスとお金の話。 寄付編

          温泉旅館に泊まった時のこと。 風呂に入り、いい気分で部屋に戻ると、財布がない。泥棒か!必死であちこち探していると、廊下にまさに、自分の財布を持っているオッサンがいる。 「落し物ですよ」と返してくれるかと思ったら、素知らぬ顔。そこで穏やかに「そのお財布、わたしのなんですけど」と申し出る。ところがオッサン、怪訝な顔で、「これは僕のですよ」と言い返す。たしかになんの変哲も無い財布だが、傷やヘタリ具合、どう考えても「マイ財布」である。 気の短い性分なので、喧嘩になる。「俺のだ」

          フリーランスとお金の話。 寄付編

          ノラ編集者の、「初めて」補給法。

          朝や赤ちゃんやお正月が尊く思えるのは、そこに「初めて」が含まれているからだと思う。 初雪の日、「真っ白!」に喜んだのもつかの間。たちまち踏み散らかされ、足跡だらけになってしまう道みたいに、自分の「初めて」は、毎年、どんどん、減っていく。だからみんな子どもとか、若いお姉ちゃんとか、新しい服とか、ささやかな「初めて」を自分に注入するのかもしれない。 2018年、ノラ編集者としてうれしかったのは、「初めて本を書く人」のお手伝いがたくさんできたこと。 現代アーティスト、元刑事

          ノラ編集者の、「初めて」補給法。

          ソープ嬢のお正月。

          ふだん、本をつくっているので、毎日毎日あきるくらい活字を眺めている。正月休みのときくらい活字から離れればいいのだけれど、それとこれとは別腹である。 たとえていうなら、ソープ嬢がお仕事の時、さんざんいろいろな殿方のお相手をして、プロフェッショナルとしてがんばったあとで、ホストクラブに行って、殿方と遊んで発散する感じに似ている(たぶん)。 残念ながらそうした色っぽさは皆無だけれど、書籍編集者とて、仕事でかかわっている本とは全く別のジャンルを読むのは、悦楽。 男相手の仕事の疲

          ソープ嬢のお正月。

          #1.今日の盗み聞き。

          @お昼まえの渋谷発・新橋行きの都バス。六本木通りの坂を登ってまた降りて、西麻布から老婦人が乗ってきた。80代はじめくらいだろうか。 西麻布が霞町だった頃からお住まいなのか、もの馴れているけれど、足どりが心もとない。毛糸の帽子の頭が小さく、革の手袋をはめた手が小さく、すべてが小さい。吊り革につかまるのも、大変そうだ。 車内を見渡す。 路線バスの定員は70名、座席数25だというけれど、人気の前方席を占めるのは、困ったことにオール老人。席を譲るべき若者&現役世代は、わたしもふ

          #1.今日の盗み聞き。