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#1.今日の盗み聞き。

@お昼まえの渋谷発・新橋行きの都バス。六本木通りの坂を登ってまた降りて、西麻布から老婦人が乗ってきた。80代はじめくらいだろうか。

西麻布が霞町だった頃からお住まいなのか、もの馴れているけれど、足どりが心もとない。毛糸の帽子の頭が小さく、革の手袋をはめた手が小さく、すべてが小さい。吊り革につかまるのも、大変そうだ。

車内を見渡す。


路線バスの定員は70名、座席数25だというけれど、人気の前方席を占めるのは、困ったことにオール老人。席を譲るべき若者&現役世代は、わたしもふくめて、みんな吊り革につかまっている。空席がある後方は段差があるし、運転手さんが言うまでもなく、走行中の移動は危険だろう。

すると不意に、分厚い黒いコートが立ち上がった。シルバーシートに座っていた、おじいさん。「どうぞ」と譲られた老婦人が思わずためらうほど、ご高齢に見える。その時、たたみかける彼の声が聞こえた。

「ジジイですけど、男ですから」

照れ臭そうな笑顔のかたちに、皺が動いた。ひさびさに、殿方にしびれた。

なにか「いいこと」をするとき、恥ずかしそうにする人が好きだ。「いいこと」は、恥ずかしい。

「いいことが、恥ずかしい」なんて、流行りじゃないくらいは、わかっているけど。


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