心が満たされ、モチベーションが底をついた。

本日MBSで「左ききのエレン」第1話が放送されました。

少し前、試写会でぼくも初めて観たのですが、正直観るまで不安で仕方が無かったけれど、観終えた時にエヴァのゲンドウよろしく「勝ったな」って思っちゃって。これなら勝てる、そう確信して不安が払拭されました。

でも、一方で恐ろしい事が起きました。漫画家として独立し4年目、それまで気持ちが沈んで描けなくなった事は一度あったのですが、今回初めて「心が満たされて」モチベーションが無くなってしまったんです。

今朝の朝日新聞掲載も、その拍車をかけました。左ききのエレン展の出来栄えもそうです。この数日間で、エレンという作品が世間に本当の意味で受け入れられたと思った。本当に嬉しかった。心から達成感を覚えました。これまで承認欲求というものには際限が無いと思っていたのですが、欲求が満たされ、溢れる程になみなみと満たされ、机に座っても惚けてしまい、まるでペンが進まなくなってしまいました。

リメイク版のネームと、原作版の連載が今の仕事ですが、リメイク版のネームはむしろ普段よりも進みました。受け入れられる自信があるから。飢餓感は当時の原作版に保存されています。タイムカプセルを開ける様に、原作版を再構築する作業では幸い情熱は失われていませんでした。

ただ、問題は原作版の方です。第二部HYPEは最終回までプロットは完成しているため、ストーリーが出てこないという事はありませんし、台詞はすらすら出てくる。だけど、とにかく筆が軽くて軽くて、全然線が引けない。「筆が重い」という慣用句がありますが「筆が軽過ぎる」という表現も存在するんだと思いました。

これまで「認められたい」とか「売れたい」とか「お金欲しい」とか、それこそ「ドラマ化したい」とか「すごいコラボしたい」とかたくさんの欲望があって、それがペンを重くしていたんだと。重いペンというのは、きっと何かが乗っかっているんだと思います。呪いの様なものが込められていて、特別な圧力が内在されているんだと思います。それが、本当にこんな簡単に失われてしまうのかと。それで焦ればまだ良いのですが、焦りすら湧かない。もう賢者タイムって感じで「あーもう、全然ダメだわー、ははは」と。

それが丸2日続いて、原作版の進捗がゼロのまま、さっきMBSの放送を迎えました。ぼくは東京なので観れていませんが、仕事もせずにぼーっとタイムラインを眺めていました。もしかしたら、もう描けないのかも知れないとか、他人事の様に思いながら。

それで、さっきポルカドットスティングレイを聴きながら散歩に出かけたんです。とりあえずコーヒーでも買おうと。ヘッドフォンを耳が潰れる程の音量で鳴らしていました。そしたら、深夜なのでコーヒーマシンが洗浄中で買えなかった。あーあ、これはいよいよだなと思いました。神様が居るとしたら、もうオレに描かせる気無いんじゃ無いの?って思いました。

コンビニから帰る途中、男の人とすれ違いました。思わず二度見して。広告代理店時代の上司でした。何で?会社が近い訳でも無いし、何より夜中3時半だし、何でいるの?マジで幻を見たのかと思いましたが、本当にそこにいました。

その人は、ぼくが一番尊敬している上司です。パッとしないデザイナーだったぼくに「企画は面白い」と言って、CM企画やキャッチコピーをやらせてくれた人でした。デザイナーがキャッチコピーをやる事は、まずあり得ません。でも、その人はぼくにコピーを教えてくれました。

その人は「君はデザイナーに向いてないけど、何かあるよ」と言い続けてくれました。ぼくのCMコンテを見て「クライアントには提案できないけど、漫画としては最高に笑える」と言ってくれました。ぼくは、とにかくその上司を笑わせたくて、オリエン通りの真面目な企画の間にわざとギャグ漫画の様なコンテを毎回入れて持って行きました。案の定、その上司はいつも笑ってくれました。

その人の口癖は「誰の中にも、ひとり天才がいる」でした。天才という存在について深く考えたのもこの人の影響です。天才って何だろうか。しかも「誰にでも、ひとつ才能がある」の言い換えのようで、印象は全然異なる言葉です。「ひとり天才がいる」って、僕の中にもいるのだろうか?そう思うようになりました。

漫画家になって、取材を兼ねて会社にお邪魔した時、タイミングが合わなくて会えなかったんですが、別の先輩が「いつも君の話をしてる」と教えてくれました。ぼくが事ある毎に「あの人のお陰で」と言い続けてたのをご本人が聞いて「自分は何もしてない、かっぴーは僕の前に一瞬だけ居て、通り過ぎていった天才だ」と言ってくれたと聞きました。さすがに、その場では我慢しましたが、帰り道は泣きました。

その言葉は、HYPEの「オレは過ぎ去らない人になりたい」という言葉の元になりました。

その上司が、恩人が、なぜかぼくの家の近所の夜道にいる。夜中3時半に。嘘だろと思って、声をかけようと思いましたが、なぜか声をかけられませんでした。今話をしたら泣いてしまうという理由は、後で思いつきましたけど、その瞬間はどう思ったんだろう。なんて言っていいのか分からないけど、ただ通り過ぎてくれただけで、それだけで良かったと思いました。

本当に変な偶然です。これを漫画にしたら、ご都合主義というか「ん?どうして都合よくここで再会するの?」って思ってしまうでしょう。でも現実には、求めている時に、求めている事が、まるで御都合主義の様に起こるんだと思いました。

もしも神様がいるなら、この再開の意味は何だろうと考えました。あるいは、もしもこれが漫画なら、主人公はこの再会でどう動くだろうかとも考えました。そんな事を考えながら、家に着いて、とにかくnoteに書いて整理しようと。書いてみた結果、今の気持ちは「引くほど面白い漫画が描きたい」という事です。

現実では漫画の様に、久々に再会した上司が気の利いた事は言いませんでした。それでも深い部分から熱が込み上げてくる実感がありました。

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