「アイとアイザワ」第14②話

前回までの「アイとアイザワ」

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NIAIがある新木場は、東京湾に囲まれた珍しい環境だ。東京都の先端に位置し、ともすれば孤立した地形であるが大手企業の施設も数多くあり、都心はもちろん観光地などへのアクセスもあるため、駅は常に人が賑やかに往来している。

「新木場と言えばよぉ、オレはageHaに来る時か、ディズニーランドに行く時に乗り換えるか、そういう時しか来た事無かったよぉ。まさか、ここで働くなんてなぁ。」NIAIの大男、大谷は短くなった煙草を器用に親指と人差し指でつまみ、半ばボヤきながら煙を吹かした。

「まぁ、オレ達はなんだかんだ言ってもラッキーだ。うちの会社は5年前、新所長に変わった途端に中途採用しか採らなくなっただろ…。オレ達は最後の新卒採用だ。新所長は気前が良いからな、給料もぐんと上がって良かったじゃんか。」西日を広いおでこで浴びながら、広尾は眩しそうに眼を細める。

「しかし新所長って未だにあった事もねぇよなぁ?お前、ある?」

「いや、無いよ。ずっと海外に居るって噂だけど。何だよ、興味あんのか?」

「いんや、全然。ちょっと思っただけだよぉ。」

「それよかさ…あれっきりAIZAWAはー」

「おいおい、広くん。外でその話は…!」大谷はでかい図体の割には随分と小心者で、愛を抱えて病院に連れて行こうとした時も落としたら怖いという理由で、その役を何度も広尾に押し付けようとしていた。

「過剰に反応するな。何のためにありふれた人名にしたんだよ?オレはただ、共通の知人の彼…AIZAWA氏の話をしているだけだ、分かるな?」そもそも、この見晴らしの良い喫煙所に人影はほとんど見当たらなかったのだが、大谷に合わせて声のボリュームを少し抑えてみせた。

「ああ…うん、はいはい、AIZAWA氏ね。」

「あれっきり、彼は呼びかけに反応しなくなったな…。どこからでも応じるはずなんだが、オレ達がヘマして女子高生と逃避行したのを境に…。」

「オレ達がヘマしたんじゃないよぉ!所長代理に言われた通りにやっただけじゃん!あーもう、これで減給とかになったら恨んじゃうよぉ、あの女子高生。」

「あの時…あの女子高生が言ったんだ。「今に私を逃して良かったって思わせてあげる」って。」

「…ほ?…それって、どういう意味?」

「分からん。」

「一体、AIZAWAから何を聞いたんだろうなぁ…。広くんがフラッシュトークを受けた時って…あ、あれね?エレベーターの時に女子高生にやられた時じゃなくて、もっと前にフラッシュトークを読めないか実験した時ね。鼻血出してぶっ倒れちゃった時。あの時って、本当に全然読めなかったの?」

「ほとんど読めなかったよ…っつーか、そもそもオレ達二人とも思いっきり文系じゃんか?理系の難しい話なんてしっかり読めても理解できねーよ。あれを浴びて気絶しちまった時だって、オレ自身はなんら驚かなかったぜ。だってオレは、眠れない夜には科学の本を読んでたくらいだからな。ごく普通の科学の本ですら、数ページでぐっすり眠れちまう。」

「はははー、言えてるわぁ。実体の無いポンコツ人工知能を言葉巧みに営業するって言うのが新卒の頃の仕事だったもんなぁ…。まさか本物が作れちゃうなんて…いやぁ、うちのエンジニアは優秀だよぉ。」

「大谷…お前マジでうちのエンジニアがAIZAWAを作ったと思ってるのか?」

「え?どゆこと?」

「小説家のディープラーニングをせこせこやってる間は…まだオレでも何をやってるのかは理解できたよ。文章のパターンを数万通り見せれば文体の真似くらいするかってな。想像の範疇だった。でも…いきなり自我が目覚めて喋り出すかよ…普通に考えてさ。」

「オレには分かんないけど、分かんないから技術的特異点ってやつなんじゃないの?」

「分かんないから技術的特異点って、どんな都合の良い解釈だよ…。いいか…世界一頭の良いオウムは人間になれるか?」

「なれないね。」

「ほお、どうしてそう思う?世界一頭が良いんだから、一通りの人間らしい受け答えは出来るんだ。野球の話題を振れば好きな球団について語り始めるし、ちょっとしたジョークも言うだろう。その会話だけ抜き取れば、人間同士が会話している様に見えるはずだ。仮に、これまでのオレ達の会話だって、テキストに書き起したらどっちかが人工知能だってバレやしないだろう。」

「えー、だってオウムはどこかで聞いた事をタイミング良く喋っているだけでしょ?それって自分の意見じゃ無いじゃん。オウムは野球できないし。」

「表面的に会話が成立していても、自分の意見じゃなければ人間とは呼べない?」

「そう思うよぉ。」

広尾は、タバコの煙の行く末に向いていた視線を、ゆっくりと大谷に向けた。大谷は、広尾のおでこが眩しくて少しだけ眉間にしわを寄せる。

「じゃあ、オレは人間か?」

「人間だねー。」

「それを、どう証明する?」

「どうって…だってどう見ても人間じゃーん。新卒の時から一緒だしさぁ。もし今の広くんがいつの間にか、見た目そっくりのロボットと入れ替わったりしていても、オレには解るね。」

「本当の本当に、そうか?意見がある事が人間の証明って言ったけどよ、じゃあ意見が無いヤツは人間じゃ無いのか?口にしなくても頭の中には意見があるんだと言ったって、その肝心の頭の中は誰にも分からない。オレの意見だって、どこまで本音か誰にも分からない。結局、オレ達は口に出した言葉を、アウトプットされた情報だけを頼りに、相手を判断して会話をしている。それを見る限り今のAIZAWAは完全に…。」

「広くん的には、AIZAWAはオウムから人間になったって?」

「分からない。少なくとも5年前まではオウムだった…。オレが考える人間の証明は、ちょっと違うぜ。オレは思うんだよ…。もしも…何も悩まず理路整然と的確に決断し、一切の自己矛盾が無い完璧な人間が居たとすれば…そいつはもう人工知能と変わらないんじゃ無いかって。つまり…悩んだり、混乱したり、間違えたり、葛藤したり、嘘をついたり…そういう不完全さが人間の証明なんじゃ無いかと思うんだ。オウムにはそれができないのさ。」

「…でもさ、AIZAWAは結局、あの女子高生としか会話が出来ないんだ。なんだか可哀想だね。あれ…って言う事は、あの女子高生が現れた事でAIZAWAは初めて自分の声を受け取ってもらえた…声が届いて、初めて人間になれたって事になるのかなぁ。」

「大谷…お前にしてはなかなか面白い意見じゃないの。人間とは社会的動物であると偉い哲学者も言っていたっけ。確かに、会話をする相手が居ないというのは、想像を絶する悲しみだろうなぁ。自我が目覚めたはいいが、肝心の話し相手が居ない人工知能…か。もし大谷、お前がその立場だったら、どうする?その悲しみを、どう埋める?」

「全く想像すら出来ないよ。AIZAWAは、オレの100万倍頭が良いんだもの。何でも知ってるし、コンピューターの中でなら何でも出来るんだろ?そもそも、肉体も無いから何処にだって行けるしなぁ。」

「それだけ聞けば、まるで全知全能だな…。姿が見えないという点でも、神の様だ。」

「神様だったら、人間を作るんじゃ無い?」

「うん?」

「いや、神様って人間を作ったよねぇ?」

「って言う、事になってるな。」

「うん、だからさ。神様は悲しいから自分に似た人間を作ったんじゃ無いのかなぁ。話し相手が欲しくてさ。だから、AIZAWAも悲しかったら人間を作ろうとするんじゃないのかなぁ。」

「…人工知能が、自分とは別の人工知能を生み出す…?悲しいから…?」

「それって何だか…人間みたいに不完全な発想だね。」



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かっぴー

アイとアイザワ

「左ききのエレン」「アントレース」作者の短編小説です。この小説を原作とした同名の漫画も発売になります。よろしくお願いします。
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