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「アイとアイザワ」第二話

「アイとアイザワ」第一話はコチラ

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「はじめは藍沢正太郎の新作をつくる事が目的でした。小説家の文体をディープラーニングするにあたって、まずは比較材料にと世界中の小説を人工知能AIZAWAに読ませました。その作業は1週間とかからなかった。」

「私と同じで本を読むのが早いんですね。」愛は視線を窓の外から離さずに無愛想に返した。

喪服の男、山田はミラー越しの愛を見ながら続ける。「文体の再現は大して難しくはありませんでした。モノマネタレントみたいなものですからね、特徴の法則さえ見つけてしまえば後は早いものです。問題は、独創性の再現でした。才能の再現と言ってもいい。」

「才能の再現。」

「2週目からは、藍沢氏がどんなものから作品のインスピレーションを得ていたのか分析をはじめました。例えば、彼は定住を好まず作品毎に世界各地を転々としながら小説を書いていました。処女作は鎌倉で書き上げ、晩年の作品はマドリードで書き上げた。そういった土地の風土や食事なども外的要因としてかなり影響を受けているでしょうね。」

「そんなもので才能が再現できるなら、誰だってマドリードに行くわよ。」

「仰る通り。もっともっと複雑に外的要因は絡み合っています。医師の父親の影響や、親の反対で音大に行けなかった青春時代、叶わなかった初恋、初めて工事現場のバイトで手に入れた日給5千円と、それをつぎ込んで買った海外の詩集たち…そういったあらゆる要因が藍沢氏の才能を構築している。彼と全く同じ才能を持たせるには、彼と全く同じ人生を追体験させる必要があるのです。」

「それで生まれたのが…あの最新作「そらきけ」だって言うのね。ホントに、信じがたいけど、一旦信じるスタンスを取らないと話が進まないから、OK、一旦信じるとしましょうか。それにしたって、正直藍沢氏の作品は処女作から数を重ねるたびに少しづつ衰えていった様に思える。その点はどう説明するの?全く同じ才能があるんだとすれば、徐々に衰えていった才能も再現していないと辻褄が合わない。あれでは…本物を超えてる。」

「最初はそうでした。スランプまで再現してしまってね、確かに藍沢氏の新作としてはありそうなものでしたが、わざわざ世界最高水準の人工知能が書かなくてもいい凡庸な文章だった。しかし、ある事をした途端に文章の輝きを取り戻した。それはー」

黒塗りのベンツはトンネルに入った。風を切る唸り声が車中に響く。喪服の男は少し待って、静かに続けた。

「人生の改ざん。藍沢氏の人生における、作家として不必要な出来事の記憶を消去しました。藍沢氏はデビュー作で芥川賞を受賞し、周りから激しい嫉妬と重い期待を向けられたいた。その後、金目当てで近付いてきた女編集者との間に子供ができたが、結局離婚して大金と子供を奪われている。そういった要因が、回り回って藍沢氏の作家生命を短くしてしまった。それらの、不要な出来事を消去しました。」

「不要な出来事…ね。確かに処女作の様なフレッシュさはあったけど、言われてみれば晩年の他の作品と比べて…何というか若いと思ったわ。評価が低かったとしても、私はあの晩年の小説も好きだった…高校生の私が到底想像も及ばない…人生の哀しみがあった。」

「そうですか。私はあくまで研究者なので、好みによる主観的な価値は分かりかねますが。とにかく「宇宙(そら)の賛美歌を聴け」は文学の歴史を推し進めるほどの名文となった。それに人工知能の可能性を大いに感じた我々は、味をしめて様々なクリエイターを題材に同じ事を繰り返しました。耳を切り落とさなかったゴッホや、サリエリに出会わなかったモーツアルト、才能を阻害されなかった想定上の天才達を次々と再現させました。」

「そんな事…」愛はミラー越しに喪服の目を見返した。首筋が熱くなるのを感じた。知的好奇心を刺激されると同時に、そんな事が可能なら人間が必要なくなるという恐怖もあった。

「ここのオーディオで聴けますよ?モーツアルトの「新作」。」

「…別にいい。音楽は分からないし。」

「そうですか。」

愛は、むしろ喪服の男がロボットに思えてきた。淡々と人工知能に無限の人生を体験させては、その苦悩を取り上げる。人工知能にやり切れない同情すら覚えた。苦悩を取り上げられた人生は、果たして美しいのだろうかと。

「そしてAIZAWAが誕生して5年目のある日、いつもの様に人生の再現と改ざんをしようとしました。ざっと2023人目だったかと記憶しています。我々の元に、AIZAWAから一通のメッセージが届きました。こちらの質問に対してでは無く、完全に、自発的に、初めてメッセージを作成したのです。これを自我と呼ばずに何と呼ぶでしょうか。」

「そのメッセージは…何て?」

「たったの一言だけ。」

ベンツは大きな建物の前で止まった。神保町からそう遠くには来ていないだろう。人里離れた秘密の研究所とは言い難い、今風のIT企業の社屋に見えた。

「奪うな、と。」



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