30まで漫画家になれなかった理由(左ききのエレン 第二部の話)

ぼくは将来の夢が何度か変わっています。

最初は父親と同じカメラマンになりたかったのですが、小学校低学年くらいに「お前が大人になる頃には、写真屋さんじゃ食べていけないよ」と言われて、その理由は分からなかったけど父親がガチな顔してたので辞めようと思いました。その後「プリクラ」「デジカメ」「カメラ付き携帯」の3コンボが我が家の家計に大打撃を与えて意味が分かりました。

そのあと、ぼくが見つけた夢が漫画家でした。これは結構長くて、中学の人生でMAXモテたい時期に差し掛かるまで夢みてました。漫画をノートに描いて友達に回して読ませていたんですが、それが恥ずかしくなって描かなくなってしまいました。当時はバトル漫画ばっかり描いてました。

それから色々あって、今は漫画の仕事をやらせて頂いているのですが、振り返れば人生の半分以上は、漫画家では無い仕事に憧れていました。脱サラして30歳から漫画を描き始めたので、大分遅いデビューです。

じゃあ、MAXモテたい時期の、中学生のぼくが漫画を辞めずに描き続けていたら早く漫画家になれたのかと省みてみると、やっぱり30歳辺りまでなれなかったんじゃないかと思うのです。絵は、今よりマシになってたとは思いますが。

そう思う理由は、時代です。ぼくがドラゴンボールの連載をジャンプの紙面で読んでいた時代と今では、圧倒的に漫画を職業にするハードルが下がっているのだと思うのです。厳しい職業な事に変わりはありませんが、イメージとしては「入るのが難しい大学」から「単位が取りづらく進級が難しい大学」になった、みたいに思っています。

「本が売れない時代」と言われていますが、実際ぼく自身の作品も含めて身の回りで浮いた話を聞きません。ぼくが好きで読んでいた漫画も、重版がかからなければ、アンケートが下がれば、漫画はすぐに打ち切られてしまいます。この速度たるや、きっと漫画業界でない人からするとビックリするスピーディさだと思います。ぼくは会社勤めも長いので「決裁が下りるまで早過ぎるだろ!どんだけ風通しがいいんだ」と驚いています。こと打ち切りに関しては、もっとグダグダ社内でやってて欲しいです。「部長が判子を押す前に夏休みに入っちゃった」とかやってて欲しい。

この本が売れない理由の一つでもあり、漫画家になる(連載が持てる)ハードルが下がった理由の一つでもあるのが、ネットも含めて媒体が増えた事にあると思います。媒体が増えて作品が増えれば、当然世にでる漫画の数も増えます。いまどき、本屋に平積みされる事は憧れで、棚差しでも置いてくれている事に頭が上がらないと思っています。

ここで「漫画家になるハードルが下がっている」という言葉の意図が「クオリティのハードル」では無い事をお断りさせて頂きます。ここで言うハードルというのは「テーマの広さ/狭さ」だと考えています。要は、テレビや雑誌といった旧マスメディア時代はみんなが楽しめるものを提供するしか無かったけれど、現代のネットを中心とした新マスメディア時代には、もっとマニアックなネタも提供できる様になった、みたいな。狭くても、細かくても、それを必要としている人がいる、という時代です。

身の回りに同人誌を出している友人が居ないので、ぜひ詳しい人は仲良くして欲しいのですが、全然詳しく無いぼくの想像では「出版社から出した漫画で1万部は少な過ぎるけど、同人誌の1万部はかなり良い」のでは無いかと思っています。合っていますでしょうか。そして「同じ部数なら同人誌の方が利益が高い」のでは無いかと思っています。違っていたら教えて下さい。想像と、ざっくりした計算で言っています。

ぼくは同人誌は詳しくありませんが、このプラットフォームnoteや、原作版「左ききのエレン」を連載していたcakesなどにはかなり詳しいです。こっちのエレンは連載が終わっていますが、今だにかなり稼いでくれています。稼いでくれてはいますが、読んでいる人数で言えば少年ジャンプ+の方が圧倒的に多いです。比較にならないくらい多いです。

話が散らかってきたので、そもそも今ぼくがどんな心境でこの文章を書いているのかと申しますと、ぼくが30歳でやっと漫画家になれたのは、きっとぼくが描きたい狭くて細かいテーマが容認される時代が訪れたおかげだと思うんです。

そして、その「狭くて細かいテーマが容認される時代」という事そのものが、ぼくが描きたい世界観でもあります。「左ききのエレン」でも「アントレース」でも、ものづくりをしているキャラクターを描きたいのは、この様な「10年前では主人公になれなかった人たち」を肯定したいからだと思うのです。

「うだつの上がらない広告代理店デザイナー」も、「ファッションが売れない時代の洋服熱血バカ」も王道の主人公ではありません。漫画家を目指していた頃のぼくに言ったら「そんな漫画誰が読むねん」と言うかも知れません。にわかな関西弁で。

それでも、このテーマが容認される時代に運良く漫画家になれたのだから、彼らが主人公として成立する漫画を描きたいと思っています。

ですので、以前「ジャンプコミックス版の左ききのエレンが重版したら、原作版の第二部を描きます」と宣言したのですが、もしかしたらコレって自分が描きたい世界観と違うのでは無いかと思う様になりました。すごく真剣に考えた結果こういう事にしたのですが、気持ちの整理をしたら、もっと別の方法があったのでは無いかと思う様になりました。

相変わらず、「左ききのエレン」はまだ重版はかかっていないのですが、皆様からの作品の評価を鑑みて、すぐに打ち切りになったりはしない様です。本当に、ありがとうございます。大手出版社で描かせて頂いている以上、そこで課せられる成果は上げたいと思うので、引き続き重版は目指して頑張ります。

ただ「うだつの上がらない広告代理店デザイナー」の物語が、10万冊売れないからといって、続きが頭の中にあるのに描かなかったら「10年前では主人公になれなかった人たち」を肯定する事はできないと、反省しました。

第二部を渋っていた理由は一つで、原作版「左ききのエレン」を再開してしまうと心も体も全部持っていかれるため、いやらしい話ですが「最悪これだけでも生活できる」というラインを守りたかったからです。あの、今月結婚しまして、嫁にも苦労はかけたく無いなと。

これからは、ちょっと第二部を健やかに描くためにはどうしたらいいのか?どうしたら描けるか?という方向で、真剣に考えようと思います。ですので、もし何かお知恵がある方がいらっしゃいましたら力を貸して頂けませんか。cakesの皆さんとも相談します。

久々に長文を書いてしまいましたが、全部読んで下さった方はありがとうございます。

左ききのエレンの第二部のキャッチコピーを、今思いついたので最後に描きます。

10年前、主人公じゃ無かった僕たちへ

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