伏線なんてクソ食らえと思った。

ぼくは伏線フェチで、漫画とか映画で伏線が回収されるとものすごく気持ちが良い。

なので、自分で描いている長編の「左ききのエレン」でも伏線は盛りに盛り込んでます。ほとんど全話で伏線を張るor回収しています。張るシーンを描くときは、合わせて回収されるシーンを考えてます。それがすごく気持ちが良い。

でも、最近後輩と「スラムダンクの山王戦は至高」って話してたんですが、もう説明不要の聖戦ですけど「左手はそえるだけ」とか「流川とのハイタッチ」とか、とにかく物語の全てが回収される凄まじい快感があるじゃないですか。

あれって伏線回収なのかな?と思って。

なんか、もう伏線とかそういう論理的な積み上げとは別次元なんじゃないかと。あれは、流川が実在して、桜木が実在して、本当にあんな青春を過ごして、あの結末に行き着いたとしか思えないっていうか。

小学校か中学校の国語の授業で「すべての物語は感情の変化を描いている」と教わって、まさにその基本というか、スラムダンクを伏線なんて言葉じゃ語れないと思って。本物の感情があって、変化があったんじゃないかと。

あと、新作の打ち合わせを編集さんとした時も「設定から考えると設定から考えた感がやばいんです」って相談しました。エレンを描き始めた時は、言葉から考えていました。ぼくが日頃思ってる事や、実際に言った事、言われた事を何度も咀嚼して、ぼくの中の理想はこう言ってるけど、ぼくの中の現実はこうも言っている、とか繰り返してました。ああでもないこうでもないというヤツです。

でも、ああでもないこうでもないを、もしも別々の人間が語れば、その対話は物語になるんじゃないかと思って。だから、エレンの言葉も、光一の言葉も、言葉だけ見ればフィクションでは無いと思ってます。実際にぼくが思った事で、情けないけど相容れない矛盾した二つの意見です。

だから「もしもこういう世界にこういう状況の人がいたら、どう考え行動するか」という順番で考えると嘘くさくなる。「この言葉があって、どういう時に誰が言えば物語になるか」と考えようと思いました。

ちょっと恥ずかしい事を言うので、ここで一旦区切りますが…

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