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「アイとアイザワ」第14話①

前回までの「アイとアイザワ」

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愛とAIZAWAが周防家に訪れたのと同時刻、アメリカ・ニューヨーク市はちょうどラッシュアワーが過ぎた頃だった。中でもマンハッタン地区はアメリカでも有数のビジネス街で、市内に張り巡らされた地下鉄はもちろんの事、フェリーでの通勤も盛んである。「アイランドフェリー」と聞けばニューヨークのビジネスパーソンを連想する人も多いだろう。そして忘れてはいけないのが、健康志向ブームを背景に急増し、日本でも一時ブームになった自転車通勤だ。ローカルゴシップ誌「コンテンツ・スプリング」の記者モーリス・リチャードソンも、そんなニューヨークの自転車通勤者であったが、彼の場合は健康志向などには一切関心が無く、ただただ通勤代が惜しかった。

「汗くっさ!モーリス、夏は自転車止めなよ!てか、せめてジムに契約でもしてシャワー浴びなさいって。」

「レイチェル…ジム代を払うくらいなら、とっくに電車で通ってる。」モーリスは、無精髭を指で弄りながら視線をモニターから外さずに答えた。

「はぁ…本当にガメツイわね。」

「ニューヨークは遊びに来るのに限るぜ。働くにはサイテーだ。ここで働くって事は、もうそれだけで金がどんどん減っていくって事なんだよ。ほら、君がスカして飲んでるその5ドルのカフェモカとかな。」

「4ドル75セント。」

「あっそ。」

「そんな事より、そろそろ次号の締め切りよ?例の記事は進んでるわけ?次遅れたらチーフの説教じゃ済まないわよ。」

レイチェルとモーリスは同期入社だった。新人の頃は仕事の取り組み方の違いから幾度となく口論もした仲だが、他の同期が他社に次々と転職をして行く度に、お互い少しは丸くなり部分的に認め合えるまでにはなっていた。

「ああ、日本の人工知能研究をしている企業の記事な。いやぁ、お粗末なもんだったよ。あれならsiriの方が実用的だ。人工知能は世界中でホットなテーマだからな、日本人ならやってくれると思ってんだけどよ。だが…オレが気になってるのはそこじゃねぇ。」

「と言うと?」

「そんなクソ人工知能を作ってる会社が、5年前に国から支援を受けてるんだよ。ものすごい金額のな。日本人はまだ誰も気にして無いぜ。一応プレスリリースが出てたんだがな、ちょうど同じ日にタレントの不倫スキャンダルがあったみたいで、すっかり流されちまった。日本人は、国がベンチャー企業に数十億円を渡した事より不倫が許せないんだとよ。」

「投資家は?そんな支援があったなら、さすがに投資家は大騒ぎしてウォッチするでしょう?」

「株式は非公開になっている。」

「そう…。分かった、その支援があった途端に、政府の人間が“天下り”したんでしょ。日本人がお得意の。」レイチェルはカフェモカを持っていない方の手で、チョンチョンとジェスチャーをして見せた。

「オレもまず疑った。ま…ニューヨークのローカル誌が日本の天下りを暴露した所で何の話題性も無いからな、片手間にちょろっと調べてみたのさ。そしたら更に気になる事が分かったんだ。」

「何よ。」

「実際、その5年前の支援を境に新しい所長が就任していた。名前は鈴木大輔。1975年生まれ、1998年に京都大学卒業。それ以外の経歴は一切出て来ない。SNSも探したが、同姓同名が多過ぎて見つからねぇ。」

「ふふ、野球ファンが喜びそうな名前ね。スズキイチローとマツザカダイスケのハイブリットみたいだから。」

「これを聞いたら笑えなくなるぜ。その新所長就任のプレスリリースを発表した日に、何があったと思う?」

レイチェルは軽く肩をすくめた。

「また不倫騒動だよ。おかしいだろ?日本人ってのは、年中不倫してるのか?ちょっとでもプレスリリースが話題にならねぇ様に、狙って合わせているとしか思えねぇ。」

「いや…確かにスキャンダルを隠すために、もっと大きなスキャンダルをリークするって事は、まさに私達の業界によくある話だけどさ…。国が関与しているケースでそれをやるって?」

モーリスはデスクトップにある“超特ダネ”フォルダから“NIAI”と書かれたファイルを開き、話を続けた。

「見てみろ。不倫ネタは、別々の事務所のタレントだった。リークした出版社も別々だ。国が何かを隠そうとゴシップをリークさせたってのは、ちょっと考えずれぇな。そこでだ、オレはある仮説を立てた。この企業は、その日に大きなゴシップがリークされる事を事前に知っていたんじゃねぇかってな。」

「待ってよ、大事なネタほど厳重に管理するでしょう?その出版社と利害関係が無い企業が知り得る情報じゃないわ。そもそも、ゴシップは速報性が命だからね。例え大金積まれたって情報は漏らさない。それが記者ってもんでしょう?」

「レイチェルよぉ。そもそも、この企業は何で上場してねぇ?国から多額の支援を受けて、普通ならアピールしたいに決まってんだろ?それが資本主義ってもんだろ?それがどうだ?この企業は、目立たない様に目立たない様にヒッソリとしてる。これが日本人らしい謙虚さってか?違うね。この企業は、何かどエライものを持っている。そして、国がそれを隠そうとしている…。話を最初に戻そう。この企業は、何を研究していた?」

「…人工知能。」

「もしも人工知能が、タレントのゴシップを突き止めて、それがリークされるであろう時期まで予想できるとしたら?」

「私達は廃業。」

「もっとヤバい。それって事はよ、つまり…人間の行動を人工知能が予想してるって事だ。分かるか?そいつは、金正男暗殺も、トランプが大統領になる事も予想していたかも知れないんだぜ?」

「モーリス…あなた最近また変なドラマにハマった?ブレイキングバッドにハマった時に、マクドナルドが麻薬組織と繋がってる!って言い出して現場から干されかけたの忘れたの?」

「人工知能モノのドラマなんか見てねぇよ!金が勿体無いからNetflixは解約したんだ!今回は、マジでそうとしか考えられねぇ!」

「根拠は?」

「鈴木大輔って名前が、そもそも偽名クセェだろうが。調べたんだけどよ、鈴木ってのは日本人に一番多い姓で、大輔ってのはヤツが生まれたとされている75年に最も多かった名前だったんだよ。つまり、確率的には75年生まれに最も多い名前なんだよ!人工知能が考えそうじゃねぇか!」

「人工知能が考えそうな事って…知り合いに人工知能でも居るわけ?」


モーリスはレイチェルの顔をしかと見つめて、宣言した。

「レイチェル…オレは日本に行くぞ。」

「モーリス。マジで言ってるの?そんな憶測だけで?」

「日本がマジでそんな精度の人工知能を隠し持ってるならよ…世界がひっくり返るぞ。」

「もう少し調べてからでも良くない…?」

「そんな時間は無い!もしも事実ならありとあらゆる利権を日本が総取りだ…そしたらよ…」

モーリスは、自分の頭に浮かんだ想像を口に出す事を一瞬ためらった。きっと人工知能ならば、この予想を口にする事をためらったりはしないのだろうかとも思った。

「戦争が起きるだろ。」

レイチェルは、すっかり冷めきったカフェモカを口に含んだ。



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