黒川

本を読みたいのはヤマヤマですが、読むスピードも理解力も全く追いつかない。

黒川

本を読みたいのはヤマヤマですが、読むスピードも理解力も全く追いつかない。

マガジン

  • 読んでない本の書評

    表紙見て、あとがき読んで、数行目を通したら、だいたいわかる気がしてきた。 より深く理解するために、重さも測ることにする。

最近の記事

133「華氏451度」レイ・ブラッドベリ

168グラム。近未来、思想管理のために本が禁制となった国だ。民家に隠された本があると消防士の恰好をしたファイアマンがやってきて燃やしていくディストピア。ファイアマンっていうのだから火を消すんじゃなくて、つける仕事に決まってる、というブラッドベリの出オチギャグが響き渡る。  いろいろと鼻に付くのではある。  ざっくり言うと「本を読まないと馬鹿になるよ」というメッセージがうるさい。  ええい、本を読むのがそんなに偉いのか。本でもテレビでもラジオでも、表現手段は時代とともに移り変

    • 132「墨東綺譚」永井荷風

      114グラム。永井荷風の手にかかると蚊の湧くどぶさえも何か風流なものみたいに感じられるが、実際のところ口の中まで蚊が飛び込んでくるようなところで肌を脱ぐ仕事などしていられるものだろうか。  玉の井という私娼窟でゲリラ豪雨にあった「わたくし」がたまたま傘に飛び込んできたお雪という女と親しくなる。夢を見せられているような話であるし、何とはなしに落語みたいだ。  お雪はテキパキと人懐っこい人でちょっと傘を借りただけの相手にやたら親し気である。どこの誰とも知らない「わたくし」を自

      • 131「神曲 天国篇」ダンテ

        地獄篇、煉獄篇、と順に読んできてようやく天国である。下世話な人間なので清いものよりはおぞましいものの方に興味深々ではあるが、やっぱり『地獄篇』だけでなく『天国篇』まで通してよむと黄泉の国旅行記として達成感が違う。  漏斗状の穴を地底に向かって降りていく地獄、地獄の底からぐるっと重力を反転した山を登っていく煉獄、天空を上昇する天国。ビジュアルのイメージの壮大さは、貧相な私の想像力をもってしてもぶるっとさせられるくらいの迫力がある。  ダンテは地獄、煉獄を案内してくれた詩人ヴェ

        • 130「挟み撃ち」後藤明生

          161グラム。「内向の世代」とか「物語の拒否」とか言われるから、なにか退屈なものを読む羽目になるのか、と身構えつつ開いた。びっくりするほどおもしろかった。ああ、私も今よりもうちょっと物語から解放されうるのかしらん。  しばらく前にテレビでちらっと見かけて気になったのは、木製のきのこ型だった。穴のあいた靴下をかぶせて繕い物をするための道具だ。カラフルな刺繍糸を使って繕えば、偶然によるデザイン性が生まれるダーニングという手法。  「ああ、これこれ、そういえば」  古いサザエさ

        133「華氏451度」レイ・ブラッドベリ

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        • 読んでない本の書評
          132本

        記事

          129「ダブリナーズ」ジェイムズ・ジョイス

           210グラム。『ダブリン市民』の方がなんとなく聞きおぼえあるような気がするが、新訳版では『ダブリナーズ』だ。行ったこともないのに、ダブリンの土地の匂いのしてくるような濃密な文章を読みながら、「ところでダブリンってどこだろう」と思った。  正直言うと「そもそもアイルランドってどこだっけ」と思ったのだ。土地の匂いもなにもあらばこそ、だ。  月で餅つきしてるウサギを思い浮かべるとする。ウサギがイギリスで、臼がアイルランドだ。うさぎのへそからまっすぐビームを出して臼にぶつかったあ

          129「ダブリナーズ」ジェイムズ・ジョイス

          128「晩年」太宰治

           219グラム。20代で出した最初の作品集のタイトルに『晩年』とつけたうえに、冒頭から「撰ばれてあることの恍惚と不安と二つわれにあり」というヴエルレエヌの引用から入ってしまうあたり、一行目から太宰治が過ぎる。喧嘩売ってらっしゃるんでしょうか。  本の少ない家で育ったけれど、不自然に立派な太宰治全集だけ全巻そろっていた。思えば、あの頃そういう家庭は我が家以外にも結構あったのではないか。   誰も読んでないのでページがまだくっついているその本の、私は最初の方をそれなりに熱心に読

          128「晩年」太宰治

          127「ビリー・バッド」メルヴィル

          123グラム。あっちにおもねり、こっちで根回し、と胃を痛めながら辛くも居場所を確保している人にとって、天然自然に生きてるだけでなんか勝手に愛されていく人が気に障るのはけっこうわかる。それが証拠にホラー映画だって山奥の小屋で大学生の美男美女カップルを殺すところから始まるじゃないか。  18世紀末イギリスの軍艦の新米水兵ビリー・バッドのお話。21歳、美青年で人柄がいいのでみんなに好かれている。  どういうわけか上官クラガートにだけは嫌われ、反乱を扇動した罪を着せらる。尊敬する船

          127「ビリー・バッド」メルヴィル

          126「白痴」坂口安吾

          152グラム。とにかく主人公の27歳の芸術家志望の青年の拗らせ方が超面白い。気にすんな、生き延びろ。  新聞記者から映像作家見習いになった27歳の伊沢君、住んでるところがすごい。ちょっとしたスラムのようなところに住んでおり、まず、性的な倫理観が地に落ちているらしい。  仕立屋の天井裏(!)に住んでる娘が町内全部の男と関係を結びどれかの種をやどしている、というような話からはじまり、55歳の煙草屋のばあさんは間男をとっかえひっかえしてるとか、あそこは兄妹で夫婦の契りを結んでいる

          126「白痴」坂口安吾

          125「魔の山」トーマス・マン

           上下巻656グラム。重い。タイトルがおどろおどろしい上に、20世紀最大の教養小説、など言われてしまうとどれほど退屈か、と身構えるが、読むとイメージは違う。  だいたいビルドゥングスロマン(成長小説、教養小説)なんて言われるわりには、いろいろあっても主人公がたいして賢くなるわけでもないのが、意外な安心どころだ。  結核で療養中のいとこを見舞いにスイスのサナトリウムを訪れた青年ハンス・カストルプが、その地で結核を発症して7年間帰ってこられなくなる話である。  サナトリウムが

          125「魔の山」トーマス・マン

          124「死者の書」折口信夫

          133グラム。表紙の写真は無念の死をとげた大津皇子の墓がある二上山である。知らずに見ると普通の山だが、神がかった少女には、落日の瞬間この山越しに素晴らしいイケメンが見えた。イケメンのうえに、でっかい。 『死者の書』の読み頃は冬である。そして新月、部屋の電気を消せば真っ暗になる夜がいい。布団に入って読む。そして電気を消し、布団にすっぽりくるまって、浸る。 彼の人の眠りは、徐(しず)かに覚めていった。真つ黒い夜の中に、更に冷え圧するものの澱んでいるなかに、目のあいて来るのを、

          124「死者の書」折口信夫

          123「外套」ゴーゴリ

          192グラム。昭和レトロ家電のような表紙デザインがかわいい。そして巻末になぜか唐突に中学生の感想文が付いているのでびっくりする。古本屋さんで買い集める本というのはたまにこんな風変わりなものがぽろっと混じってくるのがいい。  貧乏役人アカーキー・アカーキエヴィチが、爪に火をともす生活で貯金して外套を新調する話だ。苦労して手に入れた新しい外套はその日のうちに追いはぎに盗まれる。役所に行くやら警察にいくやら、取り返すべく奔走するが、剣もほろろに追い返され、失意のうちにせん妄状態で

          123「外套」ゴーゴリ

          122「夫婦善哉」織田作之助

          164グラム。粋な表紙なのではあるが、とにかく又吉直樹氏ばかり顔認証する。何度写真をとっても蝶子と柳吉は顔としては認められないのは、不憫ではあるまいか。 大阪の大きなお店の若旦那の柳吉が北新地の芸者蝶子に入れあげて勘当される。勘当されたまま家にはいられないから、ちょっとほとぼり冷まして戻ってくるつもりで「かけおちしよか」と蝶子をさそって熱海で遊んでいたら、関東大震災。命からがら避難列車で関西に戻ってしまう。  関東大震災のせいで、柳吉の打算のたまものだった駆け落ちごっこが

          122「夫婦善哉」織田作之助

          121「デミアン」ヘッセ

          89グラム。「そんな人いないだろ」っていう感じの友人が出てきて、「そんなこと言わないだろ」っていう感じのことばかり言われる。だんだん変な気分になってきて、しまいには友達のお母さんにまで惚れてしまう。するとお母さんまで、なんとなくメーテルっぽい思わせぶりなことを言いだす始末。大変なのだ。  高校生のときに読んでいたら語り手のシンクレール君に共感して、メンター的な賢いことを言って導いてくれるデミアンの存在にうっとりしたのではないか、と思う。  しかし面目ないことにこちらは、デミ

          121「デミアン」ヘッセ

          120「白鯨」メルヴィル

          477グラム。翻訳でも漫画化したものでも映像化したものでも、バージョン違いがたくさん楽しめるエンタテインメントの宝庫『白鯨』。  角川文庫が二冊分冊なので安く手に入るのだけど、岩波文庫の方が訳も読みやすく挿絵や図なども楽しい。初めて読むなら三冊分冊で少し高いが岩波文庫の方をおすすめしたい。  片足に鯨骨の義足をつけたエイハブ船長が、自らの脚をうばった巨大な白鯨に復讐を誓い、追い詰めた挙句に船員もろとも全滅していく物語。  たまらない。どんな切り口でもおもしろい。  太平洋

          120「白鯨」メルヴィル

          119「田舎医者」 カフカ

           151グラム。カフカといえば最初の印象は学生時代の「とにかくでっかい虫は勘弁してください」というくらいのものだが、いい年になってから落ち着いて読むと涙が出るほど面白い人だ。辛い辛いと言いながらおかしなことばかり考えてる。 どれも面白い短編集の、中でも印象深いのは『田舎医者』だ。文庫で12ページ程度の大変短い作品である。  田舎の医者が吹雪の中、急に遠方の患者に呼びだされるが馬がない。酷使されて死んでしまったのだ。貸してくれる人もいない。途方にくれていたところ、なぜか自宅

          119「田舎医者」 カフカ

          118「犬の心臓」ブルガーコフ

          201グラム。犬に人間の脳下垂体と睾丸を移植する話であり、この際あまり心臓は関係ないのだが、タイトルは『犬の心臓』である。  そして実は睾丸を移植した理由もなんだかよくわからない。学問一筋で名声を得た独身の老教授と、その教授を尊敬するハンサムでやはり独身の助手が二人でたいして説明もなく犬に人の睾丸を移植する。君たち何やってるの。 作品は、犬の一人称語りではじまる。名前はまだない。  ウォウォーン!ぼくをみて。死にそうだよ。門扉のすきまから吹き込んでくる吹雪の唸り声が、まる

          118「犬の心臓」ブルガーコフ