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読んでない本の書評

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表紙見て、あとがき読んで、数行目を通したら、だいたいわかる気がしてきた。 より深く理解するために、重さも測ることにする。
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133「華氏451度」レイ・ブラッドベリ

133「華氏451度」レイ・ブラッドベリ

168グラム。近未来、思想管理のために本が禁制となった国だ。民家に隠された本があると消防士の恰好をしたファイアマンがやってきて燃やしていくディストピア。ファイアマンっていうのだから火を消すんじゃなくて、つける仕事に決まってる、というブラッドベリの出オチギャグが響き渡る。

 いろいろと鼻に付くのではある。
 ざっくり言うと「本を読まないと馬鹿になるよ」というメッセージがうるさい。
 ええい、本を読

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132「墨東綺譚」永井荷風

132「墨東綺譚」永井荷風

114グラム。永井荷風の手にかかると蚊の湧くどぶさえも何か風流なものみたいに感じられるが、実際のところ口の中まで蚊が飛び込んでくるようなところで肌を脱ぐ仕事などしていられるものだろうか。

 玉の井という私娼窟でゲリラ豪雨にあった「わたくし」がたまたま傘に飛び込んできたお雪という女と親しくなる。夢を見せられているような話であるし、何とはなしに落語みたいだ。

 お雪はテキパキと人懐っこい人でちょっ

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130「挟み撃ち」後藤明生

130「挟み撃ち」後藤明生

161グラム。「内向の世代」とか「物語の拒否」とか言われるから、なにか退屈なものを読む羽目になるのか、と身構えつつ開いた。びっくりするほどおもしろかった。ああ、私も今よりもうちょっと物語から解放されうるのかしらん。

 しばらく前にテレビでちらっと見かけて気になったのは、木製のきのこ型だった。穴のあいた靴下をかぶせて繕い物をするための道具だ。カラフルな刺繍糸を使って繕えば、偶然によるデザイン性が生

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129「ダブリナーズ」ジェイムズ・ジョイス

129「ダブリナーズ」ジェイムズ・ジョイス

 210グラム。『ダブリン市民』の方がなんとなく聞きおぼえあるような気がするが、新訳版では『ダブリナーズ』だ。行ったこともないのに、ダブリンの土地の匂いのしてくるような濃密な文章を読みながら、「ところでダブリンってどこだろう」と思った。
 正直言うと「そもそもアイルランドってどこだっけ」と思ったのだ。土地の匂いもなにもあらばこそ、だ。

 月で餅つきしてるウサギを思い浮かべるとする。ウサギがイギリ

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128「晩年」太宰治

128「晩年」太宰治

 219グラム。20代で出した最初の作品集のタイトルに『晩年』とつけたうえに、冒頭から「撰ばれてあることの恍惚と不安と二つわれにあり」というヴエルレエヌの引用から入ってしまうあたり、一行目から太宰治が過ぎる。喧嘩売ってらっしゃるんでしょうか。

 本の少ない家で育ったけれど、不自然に立派な太宰治全集だけ全巻そろっていた。思えば、あの頃そういう家庭は我が家以外にも結構あったのではないか。 
 誰も読

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127「ビリー・バッド」メルヴィル

127「ビリー・バッド」メルヴィル

123グラム。あっちにおもねり、こっちで根回し、と胃を痛めながら辛くも居場所を確保している人にとって、天然自然に生きてるだけでなんか勝手に愛されていく人が気に障るのはけっこうわかる。それが証拠にホラー映画だって山奥の小屋で大学生の美男美女カップルを殺すところから始まるじゃないか。

 18世紀末イギリスの軍艦の新米水兵ビリー・バッドのお話。21歳、美青年で人柄がいいのでみんなに好かれている。
 ど

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126「白痴」坂口安吾

126「白痴」坂口安吾

152グラム。とにかく主人公の27歳の芸術家志望の青年の拗らせ方が超面白い。気にすんな、生き延びろ。

 新聞記者から映像作家見習いになった27歳の伊沢君、住んでるところがすごい。ちょっとしたスラムのようなところに住んでおり、まず、性的な倫理観が地に落ちているらしい。
 仕立屋の天井裏(!)に住んでる娘が町内全部の男と関係を結びどれかの種をやどしている、というような話からはじまり、55歳の煙草屋の

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125「魔の山」トーマス・マン

125「魔の山」トーマス・マン

 上下巻656グラム。重い。タイトルがおどろおどろしい上に、20世紀最大の教養小説、など言われてしまうとどれほど退屈か、と身構えるが、読むとイメージは違う。
 だいたいビルドゥングスロマン(成長小説、教養小説)なんて言われるわりには、いろいろあっても主人公がたいして賢くなるわけでもないのが、意外な安心どころだ。

 結核で療養中のいとこを見舞いにスイスのサナトリウムを訪れた青年ハンス・カストルプが

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124「死者の書」折口信夫

124「死者の書」折口信夫

133グラム。表紙の写真は無念の死をとげた大津皇子の墓がある二上山である。知らずに見ると普通の山だが、神がかった少女には、落日の瞬間この山越しに素晴らしいイケメンが見えた。イケメンのうえに、でっかい。

『死者の書』の読み頃は冬である。そして新月、部屋の電気を消せば真っ暗になる夜がいい。布団に入って読む。そして電気を消し、布団にすっぽりくるまって、浸る。

彼の人の眠りは、徐(しず)かに覚めていっ

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123「外套」ゴーゴリ

123「外套」ゴーゴリ

192グラム。昭和レトロ家電のような表紙デザインがかわいい。そして巻末になぜか唐突に中学生の感想文が付いているのでびっくりする。古本屋さんで買い集める本というのはたまにこんな風変わりなものがぽろっと混じってくるのがいい。

 貧乏役人アカーキー・アカーキエヴィチが、爪に火をともす生活で貯金して外套を新調する話だ。苦労して手に入れた新しい外套はその日のうちに追いはぎに盗まれる。役所に行くやら警察にい

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122「夫婦善哉」織田作之助

122「夫婦善哉」織田作之助

164グラム。粋な表紙なのではあるが、とにかく又吉直樹氏ばかり顔認証する。何度写真をとっても蝶子と柳吉は顔としては認められないのは、不憫ではあるまいか。

大阪の大きなお店の若旦那の柳吉が北新地の芸者蝶子に入れあげて勘当される。勘当されたまま家にはいられないから、ちょっとほとぼり冷まして戻ってくるつもりで「かけおちしよか」と蝶子をさそって熱海で遊んでいたら、関東大震災。命からがら避難列車で関西に戻

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121「デミアン」ヘッセ

121「デミアン」ヘッセ

89グラム。「そんな人いないだろ」っていう感じの友人が出てきて、「そんなこと言わないだろ」っていう感じのことばかり言われる。だんだん変な気分になってきて、しまいには友達のお母さんにまで惚れてしまう。するとお母さんまで、なんとなくメーテルっぽい思わせぶりなことを言いだす始末。大変なのだ。

 高校生のときに読んでいたら語り手のシンクレール君に共感して、メンター的な賢いことを言って導いてくれるデミアン

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120「白鯨」メルヴィル

120「白鯨」メルヴィル

477グラム。翻訳でも漫画化したものでも映像化したものでも、バージョン違いがたくさん楽しめるエンタテインメントの宝庫『白鯨』。
 角川文庫が二冊分冊なので安く手に入るのだけど、岩波文庫の方が訳も読みやすく挿絵や図なども楽しい。初めて読むなら三冊分冊で少し高いが岩波文庫の方をおすすめしたい。

 片足に鯨骨の義足をつけたエイハブ船長が、自らの脚をうばった巨大な白鯨に復讐を誓い、追い詰めた挙句に船員も

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119「田舎医者」 カフカ

119「田舎医者」 カフカ

 151グラム。カフカといえば最初の印象は学生時代の「とにかくでっかい虫は勘弁してください」というくらいのものだが、いい年になってから落ち着いて読むと涙が出るほど面白い人だ。辛い辛いと言いながらおかしなことばかり考えてる。

どれも面白い短編集の、中でも印象深いのは『田舎医者』だ。文庫で12ページ程度の大変短い作品である。

 田舎の医者が吹雪の中、急に遠方の患者に呼びだされるが馬がない。酷使され

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