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投資の話

友人にランチに誘われてホイホイと出向いて行った日のことである。
「ちょっとだけ時間ある?なんかNISAの話したいって言われててさぁ。嫌やなかったら怖いし着いてきてくれへん?」と唐突に友人は切り出した。

ははーん、さては怪しい儲け話か?
こいつは私を騙そうとしているのか?
そうひと通り訝しんだのだが、友人は私より良き職業に長年就いていて随分と高い生活水準で暮らしている上に、詳しい話は省くがとても信頼をおける人物なのでその可能性はおそらくないと断言できる。
そもそも私には騙し取られる財産などないので、最悪の状況になったら“ない袖は振れない”で押し通そうと考えて軽率に着いて行った。
もし友人が騙されそうになってるなら止めなきゃとも思った。
その驕りがそもそもの間違いであるとも知らずに間抜けヅラを引っ提げていたに違いない。

軽やかに歩く友人が向かった先は縁のない私ですら知っているとても有名な証券会社であった。
二重になった綺麗な自動ドアを抜け、受付で友人は慣れた様子で自らの名と担当者の名を告げる。
すると綺麗な受付嬢が私たちを奥の個室に案内してくれた。

証券会社に赴く際のドレスコードなんていうものは存在していないと思う。

だがその日の私はダブダブのTシャツに水玉のスキニーパンツ、グリーンのポイントカラーが入った金髪をおさげに結えてふざけた柄のバケットハットを被っていた。TシャツにはLOVE Cookieと書かれている。クッキーモンスターかよ。間違いなくその場で浮いていた。

そして着席を勧められ、おしぼりを渡されて困惑しながらも席に着く。
友人は慣れているのかマイペースでガサゴソと手帳やペンを出していた。私も鞄に入っていたネコノヒーのボールペンをなんとなく出して平然を装う。
しばらくすると担当者と名乗る方が入室された。
歳の頃は50くらいであろうか。
友人に挨拶を述べた後、ちらりとクッキーモンスターを一瞥し戸惑いながらも会釈してくれた。
ごめんな、こんなやつが着いてくるって聞いてないよな。と心の中で謝った。

担当の、ここでは仮にN氏と呼ぼう。
N氏はクッキーモンスターにもご丁寧に名刺をくれ、一応営業マンだったこともあるクッキーモンスターこと私はにこやかに受け取り机の端に置き、そのタイミングで先程のおしぼりが目に入りその封を開けた。
名刺を受けとった直後に手を拭き始める失礼なクッキーモンスターにN氏は「ゆっくりお拭きくださいね」と意味わからん気遣いをしていた。
ごめんな、そんなつもりではなかったんだけれど。

そこから始まった話は騙すどころか、完全に私は蚊帳の外だった。
序盤から株の投資の話をしていた2人の会話の内容があまりにもちんぷんかんぷんだったので
「すみません、素人質問で恐縮ですが……」と切り出したところN氏が不自然に会話を止めこちらを向いたところで私は気がついた。
この質問の仕方は、その分野において詳しい人しかしてはいけない切り出し方だ。
この後に続く言葉は現在の話に切り込む様なパンチのある質問でなければならない。
だがもう口から溢れてしまったものは取り消せない。

意を決して私は口を開いて、
「あ、あのNISAっていうのは株なんですか……?」と証券会社に赴いた人間の中で1番無知な者がするであろう質問をした。
どうぶつの森でイノシシのキャラクターからしか株を買うという行為をした事がない私にはそれが1番株に関する内容で出来る深い質問だった。

N氏は「……そうですね。」と言葉短めに私の質問を肯定してまた友人との会話に戻る。
「クッキーモンスターは静かにしていろ」と言外に滲んでいたように感じた。

そこからpbr 、配当利回り、損益通算、株式数比例配分などの聞いたことのない言葉をN氏と友人は巧みに操り会話に花を咲かす傍ら、私は貝の様に口をつぐんでいた。もう恥はかきたくなかった。
つみたてNISAの話なら少しは興味があったのだが、2人がしているのは一般NISAというものらしく蚊帳の外から聞いただけでもクッキーモンスターには手が出せないものだと悟ったので、さっき食べたとろけるチーズのホットサンドのことを考えたりしていた。

そして話の流れ上、良い話にまとまりかけたころ徐に友人がこちらを向き「なぁ、結局ノラクロはどう思う?」というストレートパンチで私の横っ面をぶん殴った。
は?この局面で君に私が助言できることって何かあるかね?!

私は困惑しながらも、僅かながら理解できた株式数比例配分が友人の今後の株の投資の懸念点にならないのであれば良いのではないかと述べた。
N氏をチラリと盗み見ると「それでいい」と頷いていたので的外れな事は言っていないと胸を撫で下ろす。

まあ最終的に友人がどう選択したかは伏せさせて戴くが、あの日に私が友人に着いていった意味は全く無かったであろう。
だが友人は「とても頼りになった、ありがとうね!」と感謝と共に、お礼だと凄く赤くて大きなトマトを買ってくれた。
何にもしていないどころか話し合いの邪魔になっていたであろう私は固辞したが、友人の強い圧に押し切られてしまい今日の登場人物の中で1番の詐欺師は私ではないのか?と帰宅してから少しだけ物思いに耽った。
トマトは良く熟れており大変美味だった。

あの日までに少しでもNISAについて調べていたら恥ずかしい思いはせずに済んだのにと今でも思う。
今現在は少しだけ理解が出来ているので機会があればまた一緒に着席させてほしい。
その際は、私はもうほんとうに静かにしていようと思う。
あとその時は一張羅を着ていくね。

end

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