メトロノーム・クラッシュ

 夢を、見ていた。
 それは見憶えのある夢……子供のころの記憶だ。
 おれは揺りかごの中にいた。冷たく、湿った布に包まれて、おれは腹を空かせて泣いていた。じめじめと湿った暗い通路に、おれの泣き声だけがただ響いた。仄暗く灯る非常照明の下、おれはいつまでも、いつまでも泣いていた。
 いつまで泣いていただろうか。声は枯れ、涙も枯れたその時、遠くからばしゃり、ばしゃりと足音が聴こえた。通路の非常照明が瞬いた。足音はおれに近づき、そしておれの前で立ち止まった。
 おれの前にあらわれた暗い影は、非常照明を遮り、おれに黒い影を落とした。黒い影はとても真っ暗で、その時だけなにもかもが真っ暗だった。黒い影はしばしおれを伺ったのち、揺りかごごとおれを持ち上げた。
 ばしゃり、ばしゃりという音を立てながら、黒い影はおれを連れだした。揺りかごはゆらゆら揺れていた。おれを乗せて、揺れていた。

「----作戦の説明は以上だ。なにか質問は?」
 夢から醒めても、おれは揺りかごの中で揺られていた。ぶつぶつ点滅を繰り返す蛍光灯、割れた窓から吹きすさぶ湿った風、ガタゴトと、歪んだ車輪からけたたましい振動が響く。おおよそ安眠にはほど遠い列車という名の揺りかごは、十数人の男を乗せ、いままさに作戦エリアに向かうところだった。
 雇われ隊長の問いかけに、乗客は誰も応えなかった。みんな簡素なロングシートに座り、作戦開始までのわずかな時間を、思いおもいに過ごしていた。
「お前、聴いてたのか?」
 隣に座る小柄な巻き毛の男が、おれに目もくれずに語りかける。
「いや……トモこそ聴いていたのか」
「全然。壊せばいいんだろ、ぜんぶ」
 小柄な巻き毛の男----トモは自分から語りかけたにもかかわらず、黙々と愛用のゴルフクラブを磨き続ける。もとよりそういう奴だ。誰が作戦に参加しているのか、何を達成すればいいのか。そのようなことに、とりたて興味はない。
「そこ、私語は慎め!」
 雇われ隊長が見咎める。おれは慌てることなく、左手で無精髭をなでるフリをしながら、あくびを噛み殺した。
「お前、名前は?」
「オオツカです」
「オオツカか、憶えておく。いいか、そのような態度で、この作戦を無事に終わらせることができると思うのか!?」
 おれを見る雇われ隊長の目に、焦りと緊張が見えた。無理はない。いくら管理者として参加するとはいえ、ただの住人がこんな列車に乗り込むことなど、考えられなかったはずだ。
「落ち着いてください、おれたちはやりますから。あなたは胸を張ってりゃあいいんです。ホラ、すごいでしょこの腕!」
 だがそんな彼も、おれたちにとっては足手まといにしかならない。まして、真面目に作戦に従事する素人など。おれは右の機械義手を見せつけ、得物のパイプレンチを軽く扱い屈強さをアピールする。それでもお構いなしに隊長はガミガミと怒鳴り続ける。
 たっぷりと五分怒鳴り続け、ようやく隊長は元の座席に座った。隊長は座ったあともピリピリし続けた。おれはくたびれ果ててロングシートに座った。トモは相変わらずゴルフクラブを磨いていた。
 この列車----傭兵列車が作戦エリアに到達するまで、あとわずか。雇われ隊長が再び立ち上がり、最後の激励の声をあげる。まったくいけすかない、自分自身の言葉に酔った声だ。だがしかし幸いにも、激励の声は甲高いブレーキの音にかき消された。おれたちの身体が斜めに傾き、列車は次第に速度を落とす。暗いくらいトンネルの先で、仄かに明かりが顔を出す。列車が止まるのは当然、駅に決まっている。照明がまばらに輝く駅のホームに、傭兵列車は大きく揺れながらガタゴトと停車した。

「作戦開始、走れ!」
 傭兵列車のドアが開ききるよりも早く、おれたちは駆けた。トモは窓から飛び出し、いままさに自動拳銃を撃たんとする駅員の頭に、アイアンを叩き込んだ。

 バタタタタタタタ! バタタタタタタタ!

 駅員どもからの自動拳銃一斉掃射が襲いかかる。横殴りに叩く銃弾の雨に、二人の傭兵が悲鳴をあげ、ホームに出ることなく死んだ。おれは低い姿勢のまま駆け、駅員の懐に潜り込んだ。
「ハクセンノ、ウチガワマデ、オサガリクダサイ」
 駅員はセンサーアイを明滅させながら、自動拳銃をおれに向け構えなおす。おれはパイプレンチを振り上げ、駅員の右手ごと自動拳銃を吹き飛ばした。白い、プラスチックの右手からカラフルなケーブルがひらひらと舞った。そして返す刀でパイプレンチを振り下ろし、駅員の頭をぐしゃりと潰した。
「後ろォ!」
 振り向くと、別の駅員が自動拳銃を構えていた。しかし横からトモが体当たりを仕掛けた。よろける駅員の顔面にパイプレンチが刺さる。おれが投げたパイプレンチは、正確に駅員の顔面を捉えた。トモはすぐさまアイアンを叩き込んだ。さらに二度、三度と叩き込み、駅員を沈黙させた。
「急げ、増援が来る前に!急げ!」
 雇われ隊長はいつの間にか階段までたどり着いていた。おれとトモは周囲を見渡す。こちらの傭兵が十人、駅員は五人、こちらを向いている駅員の姿はなし。ここはきっと、なんとかなる。おれとトモは目を見合わせ、そして一目散に階段まで駆けた。
 背後で銃声と破壊音、そして悲鳴が聴こえる。階段にたどり着いても休むことなく、そのまま駆け上がった。長い、ながい階段を、息をあげながら駆け続けた。

 数十年か百年か前。正確な年数もわからぬほどに、世界はめちゃくちゃに壊された。地上は破壊され、あらゆるものが汚染された。残されたのは、この地下鉄路線と、地下街だけとなった。
 ……という話らしいが、正確なところはおれにはわからない。この話だって、誰かから聴いた話で、それが本当かどうかなんて、おれにはわかりやしない。そもそも地上というものが、おれにはまったくわからない。
 他にもなにかが残っているかもしれない。誰かが新しい世界を作り始めたのかもしれない。だけど、誰も地下鉄を出る者はいない。出ることができる者など、いやしない。
 おれたちはただ、機械の駅員と戦い、奪い、そして生きながらえてきた。いままでずっと、そしてこれからもずっと。地下街と地下鉄。仄かに暗く、じめじめと湿った、金属とコンクリートの世界。それが世界のすべてとなった。

 階段を駆け上がると、明滅を繰り返さないきれいな蛍光灯が目に入った。そして蛍光灯が照らしだす、ちっぽけな売店がおれの目を奪った。
 いや、おれの目を奪ったのはそれじゃない。売店の中で輝くオニギリ、カラアゲ、カロリーメイト……非戦闘員の駅員が並べる色とりどりの食料は、ここ最近の収穫の中でも、とりわけ充実している。おれは全力で走りながらも、思わず頬を緩ませた。
「行け、ぜんぶ倒してすべて奪え!ホほら、右に2、左に3!」
 隊長は階段を登りきる手前でかがみ、指で左右を繰り返し指し示す。言われなくてもわかっている。改札にも当然、武装した駅員は待機していた。
「エスカレーターデハ、ハシラナイデクダサイ」
 五人の駅員はおれたちに気づくや、自動拳銃を構えだす。おれは誰よりも速く改札に向かった。五つの自動拳銃がおれに向けられた。おれは構わず走り、そしてスライディングで改札に飛び込んだ。

 バタタタタタタタ! バタタタタタタタ!

 自動拳銃の一斉掃射が改札に襲いかかる。数秒にわたる鋼鉄の雨に、おれの耳は蹂躙される。
 バタタタタタタタ! バタタタタタタタ!……バタ!
 弾切れを起こして、雨音はやんだ。この雨にうたれていたなら、おれは間違いなくミンチになっていただろう。しかしそうはならなかった。銃弾は改札のフラップドアがすべて受け止められたからだ。恐怖の殺人改札は、今日はおれに味方をしてくれた。おれは左手でポケットを弄り、磁気式の偽装乗車券を投入した。
 チュンチュン! 扉が開くと、駅員たちは身を隠すことなく、無防備にリロードをしていた。
「とっとと通れ、速く!」
 おれはほかの傭兵をせかしながら、眼前の駅員を叩き潰した。チュンチュン! 隣の改札から、トモが飛び出した。トモは改札を出るや、二つの駅員にアイアンを叩きつけた。
 ほかの傭兵も続く。チュンチュン! チュンチュン! チュンチュン! ピンポーン! しかし四人目の傭兵は不幸にも、改札を出ることができなかった。
「コノジョウシャケンハ、ツカエマセン」
 ばたりとフラップドアが閉じ、傭兵を挟み込んだ。乗車券の偽装が甘かったのだ。傭兵は必死にもがき、逃げんとするが、頑丈なフラップドアはそれを許さなかった。
「コノジョウシャケンハ、ツカエマセン」
 改札の横から、レーザー照射機が展開された。傭兵は声にならない悲鳴をあげた。今日の殺人改札はおれにとっては女神様だったが、この傭兵にとっては、無慈悲な死神だった。赤いレーザーが照射された。しかし傭兵の死を見届ける奴は誰もいなかった。彼がこんがりと焼きあがる間に、改札をくぐり抜けたおれとトモ、そして三人の傭兵たちは残りの駅員を片付けた。おれがようやく改札を振り向くと、傭兵は灰となっていた。
「よし、やったか……?やったな、よし!」
 すべてが終わった後で、雇われ隊長はようやく立ち上がった。チュンチュン! おっかなびっくりで改札を抜け、駅員の残骸にまみれた売店に向かった。そして手近な位置にいた傭兵をふたり捕まえ、大きな麻袋を渡した。
「早く食料を詰め込め。増援は必ずくる、時間はないぞ。お前たちは周囲を警戒しろ。駅員がいたら、即座に破壊するんだ、いいな!?」
 二人の傭兵はすぐさま麻袋を広げ、食料を詰めだした。慣れている。雇われ隊長に言われなくても、すぐに食料をかき集めていただろう。それはおれやトモ、そしてもう一人の傭兵だって変わらない。いくぶんかリラックスはしても、けして得物を手放すことはない。食料を詰め込むこの時間が危険なことは、この場の誰もが承知していた。
「珍しいな、チョコバーまであるなんて」
 駅員の気配がないことを確認してから、おれは売店の品に目配せした。今日の売店はそうとうに品揃えが良かった。三種類のチョコバーがすべて揃っているのは、何日ぶりのことだろうか。おれは左手で三種すべてのチョコバーを掴み、口で封を切った。
 作戦行動中にかぎり、手に入れた食料をなんだって食うことが許される。それが生命の危険を犯して戦う傭兵の、最大の権利だ。雇われ隊長だって眉をひそめはしても、咎めることは決してない。
 袋詰めを行う二人はオニギリを、警戒する一人はカレーパンを、そして遠くで警戒するトモは、いつの間にかポテトチップの袋を片手に警戒していた。
「あんたは食わないの?」
 せわしなく目を左右に動かす雇われ隊長に、おれはチョコバーを差し出した。
「けっこうだ。傭兵でもないのに、食べるつもりはない」
 雇われ隊長は手のひらを向け、拒否を示した。面倒くさい奴だ。傭兵でなくても、売店を狩る時はどんな奴だってつまみ食いをするものなのに。
 だがしかし、それはどうでもいいことだ。何もかも順調だ。駅員が出る気配はないし、いまは対処できるだけの余裕がある。階段下からの銃声も途絶えた。あとは食料さえ詰め終われば、すべて完了だ。2本目のチョコバーの封を切りながら、おれは鼻歌まじりにパイプレンチを揺らした。
「オオツカ」
 トモがおれのそばまで来た。いつもならもくもくとポテトチップスを食べるあいつが、今はなぜか手を止めていた。
「どうした、それ、マズかったのか?」
 おれは軽口を叩いたが、トモの様子は変わらなかった。左手のポテトチップスの袋は掴んだまま、遠く----改札の先、おれたちが駆け上がった階段をじっと見つめていた。
「聴こえる、ホラ」
 トモは指差した。おれも階段を見据え、じっと耳をすませた。かすかに、ブレーキの音がした。甲高い音を鳴らして、なにかが止まった。ガタンプシューと、なにかのドアは開いた。きっとそれは列車だ。おれたち以外の誰かが乗った列車から、誰かが降りたのだ。そしていま、列車と列車が----ぶつかった!

ガッシャーーーー----ン!!

 けたたましい、身体の芯を揺らすかのような騒音が階段から聴こえた。おれたちはとっさに身をかがめた、雇われ隊長を除いて。
「おい、なんだ……?一体なにがおきた!?」
 階段から銃声と、傭兵たちの悲鳴が聴こえた。おれは雇われ隊長の首をひっ捕まえ、床に伏せさせた。
「うるせえ、静かにしてろ!」
 おれの怒声を浴びた隊長は、とたんに静かになった。ほかの三人の傭兵たちは、食料を詰め込んだ袋を抱え、売店の奥で待機していた。
 銃声はまだ止まなかった、傭兵たちの悲鳴と怒号が聴こえたが、それも次第になくなっていった。次第に階段から跳弾が飛ぶようになった。誰かが近づいている。おれは改札を盾に、様子を伺った。そして、おれは目の前にいる、それを見た。

 女だ。それも年端のいかぬ、か細い女だ。
 しなやかな茶色い髪の毛を振り回して、必死に走っていた。
 だが女の前に、改札が待ち構えていた。
 改札はフラップドアを、硬く、かたく閉ざしていた。
 女は手を前に伸ばした。細く、しなやかな指が改札に触れた。
 いや、その指は触れることはなかった。
 改札は開いた。
 乗車券がなければけして開かない、あの改札が、こともなげにするりと、開いた。
 そして……おれとおんなは、ぶつかった。

「…………ッ!」
 おれは胸を打たれ、まともな声すら出なかった。おれと女は抱き合いながら、勢いのまま一回転転がった。女が飛び出ると同時に改札は閉じた。いつもの殺人改札に戻っていた。
 おれはとっさに女を床に叩きつけた。女は軽く、簡単に叩きつけられた。腕も脚も、まったく機械化されていない。か細く、柔らかい四肢だ。
「痛ッ……!」
 女の整った顔立ちが歪む。こいつはほんとうに、人間だろうか?おれにはわからなかった。機械化もしていない。触れば簡単に折れそうなこの四肢で、ほんとうに生きていけるのだろうか?
 おれがそんなことを考えているうちに、気づけば、女はおれの目を見ていた。まっすぐと見つめる女の瞳は、強い意志に満ちていた。

 集団が階段を駆け上がる音が聴こえた。もがく女を抑えつけながら階段を見ると、青いヘルメットがいくつも見えた。雇われ隊長が悲鳴をあげた。
「ヒェ……なんで、なんで役所の人間がここに!?」
 青いヘルメットと青い制服の男たちは階段を駆け上ると、一糸乱れぬ動きで改札に向かった。男たちは左手のICカードをかざし、改札を事もなく通り抜けた。間違いない、役所の奴らだ。役所の奴らはあっという間に売店の前まで展開し、おれたちにアサルトライフルを向けた。
 おれも傭兵たちも、そして雇われ隊長も両手を挙げ、無抵抗の意思を示した。役所の人間に手を出してはいけない。命が惜しいなら、強力な戦力を抱えるヤツらに、歯向かってはいけない。それが傭兵たちの、いやこの世界の常識だ。
「いやはや……こんなところまで出向かう羽目になるとはな」
 コツリコツリと足音が聴こえると、青いヘルメットの役人が左右に割れた。冴えない風貌をしたメガネの男は頭を掻きながら現れた。
「どうしたんですかい、こんな危険なところまで。お役所サマがどういう風の吹き回しで?」
 おれは無理やり笑顔を浮かべた。メガネの男はおれを一瞥した。床に伏せ、両手を挙げるおれはきっと、とても無様にみえただろう。どんな氷よりも冷めた目で、メガネの男はおれを見た。そして、男はおれの顔を踏みつけた。
「おまえじゃない、黙ってろ」
 メガネの男は、おれには目もくれず、隣で転がる女を見た。おれを踏みつけたまま、男はニタリと笑った。
「苦労をかけてくれるな。どうせ無駄なんだ、手間をかけさせるんじゃない」
 女は怒りで顔を赤くし、顔を背ける。メガネの男の醜悪な笑顔がふかく歪んだ。男はおれの顔から足を離し、女の前にしゃがみ込んだ。
「まったく、なにが不満だ。満足な食事も清潔な住居も用意した、それでもなぜ逃げる? 無駄なあがきを、なぜ続ける? 教えてくれ、わからないんだ。無駄なことをする意味を教えてくれないか……この私に」
 ニタニタと笑うメガネの男を、女はつよく、睨みつけた。そして女はおれを見た。雇われ隊長を見た。傭兵たちを見た。助けを求めるような目で。しかし誰も自分の目を見ないと気づくや、再び男から顔を背けた。
「……おや、彼らが助けてくれると?」
 メガネの男はそのさまを舐めるように見つめていた。男も女と同じようにおれを見た。雇われ隊長を見た。歪んだ笑顔を崩すことなく。そして傭兵たちを見ると、男は真顔に戻り、指示を下した。
「やれ」
 アゴで指令を下すと、ヘルメットの男たちはアサルトライフルを構えた。タターン!……一瞬だ。傭兵たちから、鮮血が霧のように舞った。女も傭兵たちを見ていたが、死ぬ間際には、目をそらしていた。
「ハハッ、こんな奴らが助けてくれると思っているのか?……バカだな、考えてもみろ、こんなゴミ漁りのクズどもになにができる!」
 メガネの男は大声をあげて笑いだした。弱者をいたぶる事に喜びを見いだす、最悪の笑い声。声が収まると男は女の髪を掴み、つよく揺さぶった。その顔は歪んだ笑顔から、醜悪な怒りの表情に変わっていた。
「さあ、戻るぞ! おまえに逃げる場所などないんだ。クズ溜めを探す我々のことを考えろ。おまえがどこに逃げようとも、ここにはクズどもしかいない!」
 男は息を荒げ、一息でまくしたてた。女は、ただ俯いて事に任せていた……いや、はたしてそうだろうか。女の唇が動く。弱く、よわく動きだす。
「……それでも」女の声が聴こえた。か細く、弱い声が。「それでも」少しだけそれは大きくなった。「それでも」今度ははっきりと聴こえる。「それでも……!」女は、男をしっかりと見つめた。

「おまえよりもクズな奴は、どこにもいない!」

パァーー! パァーー! パァーー! 女の平手打ちと同時に、照明が赤い点滅に切り替わった。非常放送、構内すべてにアラートが鳴りひびく!
「カサイガハッセイシマシタ、エキインノシジニシタガイ、ヒナンシテクダサイ」
 あらゆる通用口が開き、駅員が現れた。駅員は自動拳銃を向けた、この場にいる、青いヘルメットの役人どもに!

バタタタタタタタ! バタタタタタタタ!
タタタ! タタタ! タタタ! タタタ!

 怒号と、銃声が響きわたる。赤く明滅を繰り返す構内で、赤く明滅を繰り返す鮮血が舞い上がる。駅員が自動拳銃を乱射する。役人どもがうろたえながらも応戦する。
「こっちだ!」
 おれは女の手を掴み、改札へと走りだした。女も立ち上がると、すぐに駆け出した。
「……クソがァ!」
 メガネの男が懐から拳銃を取り出し、女の背中に向けた。しかしそれはサンドウエッジに弾き飛ばされ、高く舞った。トモだ。
「急げ!」
 乗車券を片手にトモが手招きした。おれもまた、左手でポケットを弄る。しかし乗車券の感触がつかめない。改札は近づく、銀色の地獄の門が。あと十歩……あと五歩……あと一歩! おれは覚悟を決め、女の手をぐいと前に伸ばした。すると、銀色の門は開き、天国への階段に導いた。
「に、逃げるなあ!」
 青いヘルメットの何人かが、おれたちに銃を向けた。メガネの男の顔に、明確な焦りが浮かんだ。
「バカ、やめろ!」
 タタタ! アサルトライフルは明後日の方向に飛んで行った。しかし改札は己への攻撃を見逃すことはなかった。
「モウイチド、タッチシテクダサイ」
 改札の横から、レーザー照射機が展開された。赤く明滅を繰り返す構内に、ひときわ赤いレーザーが舞った。
「おのれ……おのれェ!」
 メガネの男は身をかがめ、頭を抱えた。青いヘルメットたちは恐慌に落ちた。自動拳銃とレーザーと、アサルトライフルがただ鳴り続けた。

 階段を降りると、また傭兵列車は無事だった。反対側のホームでは、列車と列車かぶつかり、ぐしゃりと歪んでいた。
「なんだったんだ、なんだったんだよまったく!」
 最初に傭兵列車に飛び込んだのは、雇われ隊長だった。隊長はおれたち三人が乗車したのを見るや、すぐさまノッチを入れた。列車はゆっくりと走りだす。追っ手は……こない。走り出してから1分。トンネルに入り、車窓から暗闇のキャンパスが映し出された時に、おれたちは力なく列車の床に突っ伏し、ゼイゼイと息を吸い、吐いた。心臓の音と呼吸の音、そしてガタゴトと走る列車の音だけが耳に入った。
「……なあ、あんた、一体なんなんだ?」
 ようやく息を整え、おれは女に尋ねた女は倒れたまま、しばしの時間を経てから答えた。
「……わからない」
「ハァ、じゃあなんだってあんな事になったんだ!?」
 おれはあっけにとられた。聴いていたトモも目を見開いた。じゃあおれはなんだってあんな目にあったっていうんだ?
「わからないんだ……気づいた時には役所に閉じ込められてて。よくわからないクスリや、注射を打たれて……」
 女はゆっくりと思い出すように話しだした。ところどころ詰まりながら。それはきっと、思い出したくないものなのだろう。おれは黙って、それを聴いた。
「……父さんがさ、あたしが小さい頃に死んだ父さんがさ、言ったんだよ。管制室に行けって。管制室に行けば、すべてが救われるって……」
 女はついに泣き出した。列車はガタゴトと揺れた。誰もが黙り込んだ。おれも、トモも、隊長も。
「……じゃあ、管制室に行けばいいのか?」
 最初に沈黙を破ったのは、おれだった。
「管制室にたどり着けば、変わるのか?こんなクソみたいな生活も、なにもかも」
 女は答えなかった。傭兵列車は走る。歪んだレールに沿って。どんなにゆらゆら揺らめいても、決して逸れることのできないそれは、どこへ行くにも縛られるそれは、このクソみたいな人生の障壁そのもののようだ。
 おれは右手で床を叩き、大きく息をはいた。機械義手の一撃で、床に大きくくぼみができた。
「いいさ……連れてってやる、その管制室ってやつによ。どこにあるかわかりゃあしないが、必ずだ。そこでなにが起ころうが、なにもなかろうが、いまよりずっとマシだ」
「ずっとマシもなにも、役所に目をつけられたんだ」
 トモが起き上がった。トモの小さな目が、珍しくおれを見ていた。
「俺たちにできるのは、それくらいだろ……なあ、あんたはどうする?俺らは管制室に連れていく。オオツカが連れてくって言った。だから必ずだ」
 おれはトモを見た。トモは女を見ていた。おれもまた、女を見た。雇われ隊長のことは見ないフリをした。女は、いつの間にか起き上がり、うつむいていた。
「おれたちは傭兵だ。依頼があれば、なんだってやってやる。たとえ、どこにあるのかわからない場所だって、必ず見つけだす。必ずだ……だから、なあ。どうする?」
 女は、おれの目を見た。おれもまた、目をそらさずに見つめた。まっすぐと見つめる女の瞳は、強い意志に満ちていた。
「あたしは、カミヤ」
 女は手を差し出した。
 おれはそれを握りしめた。
「オオツカだ」
「トモ」
「よろしくね、傭兵さん。あたしを……管制室に、連れてって」
 列車は揺れる。おれたちを乗せて、ガタゴトと。揺りかごめいたそれの中で、おれは夢みたいな依頼を受けた。おれたちが進むその先に、レールは続いているのか、真っ暗なその先に、トンネルは続いているのか。だがおれたちは走りはじめた。次の駅が見えるまで、おれたちは走り続ける。光を求めて、走り続ける。

#第2回鯛巻めきめ記念杯

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第2回鯛巻めきめ記念杯

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