名古屋から広島まで行った話(一年目、岡山でDNF) 2.実走と挫折

たしか、4時ごろに起きただろうか。身体の冷え対策でエアコンを入れたまま眠っていたけど、それでも身体が動かなかったと思う。
もそもそと着替えて、軽くメシを食う。じてんしゃのロングで何が重要かっていえば、食事だ。いろいろと走ってきたけど、どんな条件でも食欲がなくなることはなかった。これはおれの才能だったんだなって、今になって感謝してる。
じてんしゃの準備は済ませてある。貴重品、ヘルメット、薄皮あんぱん。すべてオーケー。おれはじてんしゃとともに、外へ出る。
たしか5時前。当然、寒い。だが家を出た時点で暖かかったら、それはウエアを着込みすぎだ。おれはじてんしゃを走らせ、ビンディングを固定する。国道一号まで、軽めのペースで行こう。これから最低15時間は走り続けるんだ、はじめから頑張ってはいけない。
こうして、広島までのファストランがはじまった。

……のだけど、結局このときは広島まで行くことはできなかった。
名古屋を出てから12時間くらい。250km地点の高砂近辺で違和感のあった右膝が、280km地点の姫路で明確に痛んだ。踏めなくて、シッティングで回す。サドルが食い込み、股が擦れ痛む。大阪から突入した国道二号線。神戸をすぎてからはひたすら走りやすい、なだらかな平坦路。だけど踏めない。進むのが、つらい。
原因はきっと冷えだろう。未明から早朝にかけての気温は常に5℃以下。鈴鹿を越えてからはみぞれ混じりのくだりをひた走っていた。厳冬用のウインタージャージを履いていたが、それだけでは寒さを凌ぎきれなかった。

姫路まで到着し、おれは迷った。このまま進み続けるか、姫路〜相生で宿を取り、ヒザを休めるか。コンビニで暖をとりながら携帯電話をいじくる。当時はスマートフォンなんてない。EZナビとEZwebでこれからの経路を検討し、宿を探す。
結局、赤穂まで進むことにした。駅前のホテルに電話をいれ、その場で予約をする。
姫路から40〜50km、あと2〜3時間程度の道のりだ。このときは確か19時くらい。少々ペースが落ちてもどうにかなると踏んだ。

はたから見ればなぜ休まない、と思うだろう。脚を休ませて、翌日に走ればいいと思うだろう。
だけどそのとき、おれは怖かった。
二日で完走する望みが絶たれることが、怖かった。
鈴鹿のトンネルから先、おれはいままで走ったことがない道を走り続けた。
滋賀……ごめんこのチャレンジ以前に琵琶湖一周したことあるから一部通ったことあるわ……京都、大阪、兵庫。 この先の道が、ほんとうに広島まで続いているのかわからず進み続けた。わからないまま進み続けて、ミスコースしながらも姫路までたどり着いた。
でも姫路で泊まれば、翌日の予定走行距離は270km。ヒザの調子が良くなったとしても、今日とおなじ距離を走れるとは思えなかった。

たくさんのヘッドライトが行き交う国道二号線をひた走り、相生で海側のルートへ。さんぜんと輝く道の駅白龍城と、その先に続く峠道。自動車のライトが指し示す、細くて暗い、峠道。
ここにきて、ようやくおれは安堵した。ここさえ越えれば、あとの事は明日考えればいい。膝の調子も少しだけよくなった。自動車が行き交う峠道で、ペダルをゆっくり踏みしめる。

ささやかな下り道から橋を渡ると、人里らしい町並みになってきた。今日のゴールは駅前のホテル。手前のセブンイレブンでシャツとパンツと晩飯を買いチェックイン。何時頃だっけ、さすがにもう覚えてないや。
ホテルで浴びるシャワーは刺激的で、特に股ぐらを強く刺激した。べつに新しい性壁には目覚めたりはしなかった。
コインランドリーにウエアを投げ込み、洗濯乾燥してるあいだに酒と飯を胃に詰め込む。股ぐらと右膝がじんじんと痛む。疲労と不安が酔いと混じり合い、なにか、ゆらゆらと揺れるような感覚がおれを包んだ。おれは揺れたままウエアを取り込み、ベッドに潜り込む。
ベッドの中でも揺れは続いた。ゆらゆらと揺れながら、おれは眠りに落ちる。どこか、じてんしゃに乗っているかのような、浮ついた感覚のまま、おれの意識は落ちた。

#じてんしゃ #自転車

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noraosamu

いいから早く預金を下ろして自転車を買え

当面はムチャクチャな乗り方ができないけど忘備録を兼ねてとりあえずなんか書く
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