プース・カフェ・シェイカー

「隣、いいかしら?」
惑星唯一のディスコで出会った彼女は、おれの退屈を一撃で吹き飛ばすほどに美しかった。
深夜23時。お気に入りのコム・デ・オリオンのジャケットを羽織ったおれを待っていたのは、ジーンズ履きの学生と、キメキメのアストロパンクスだけという散々な有様だった。ダンスホールは芋臭さで充満し、おれはたまらずバーカウンターに逃げこんだ。その時、彼女が現れた。

「こんな男の隣で良ければ。なにか飲むかい?」
「優しいのね。じゃあ……グラスホッパーを」

注文と同時に、するりと席に座る。青磁のような緑青の肌に、ベガの真っ黒いスーツワンピースが最高にキマる。カクテルグラスを受け取る三つの指がとびきりにクールだ。

第5e=mc^2世代移動通信システムが普及して以来、銀河に距離という概念はなくなった。下り最大10ギガ生命体/秒の伝送速度に到達した通信網が、銀河十万光年を覆い尽くした。
すべての生命体は思いおもいの星系に来訪し、あらゆる文化が交わった。星系独自の生活は駆逐され、あらゆる惑星にファッションビルと、豪勢なディスコが建設された。
おれと彼女は言葉を交わす。
ペルセウス腕で話題の楽曲、近所のおいしいケンタウル料理、予約殺到の太陽系クルーズ……銀河は繋がったというのに、おれと彼女はバーカウンターでただただ時間を浪費した。他のすべての生命体と同じように。

「……踊らないの?」
「あんな奴らと?冗談はやめてくれ」

となりでガラス細工の唇が微笑む。おれはしなだれる彼女の手を握りながら、次の一手を模索した。二人して一夜を過ごすための、詰めの手を。
そのときだ。

「じゃあ……これで遊ばない?」

彼女の三つ指がおれの手のひらで蠢いた。くすぐる様に甘い動きで何かを押し込め、離れる。
そしておれの手のひらには、一粒の錠剤が残された。
錠剤型5e=mc^2Gルーター。このちっぽけな違法端末から、おれの【伝送】が始まった。

(続く)

#逆噴射小説大賞2020

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