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インドで絶対にインド人を信用するなってインド人が言ってた~インド旅行記12:駅の謎・ダメなタクシー

2010年11月10日 8:40頃

バスから降りた後、タクシーでCST駅に向かう。バラナシ行きのチケットを買う為だ。初めて見るムンバイの街並みは「都会」。マクドナルドの看板も見えインドらしからぬといおうか普通に「街」だった。
チケットの予約開始は9時から。ちょうど十分前くらいに目的地CST駅に着いたのだが、すごい人だかりができていた。まるで何か最近できたすんごい素晴らしい施設が本日初オープン!来場者百名にすんごいものプレゼント!もしくはブラピかサイババがそこにいるんじゃないの?という、そういうテンションなのだ。確実にみんな駅に用事があるのだろうが、テンションが駅に用事のそれではないのだ。なんか元気なのだ。
「外国人専用のチケットカウンター」の場所を知りたかった私は、容易にその辺に溢れている元気なインド人4人くらいにきいてふわっと場所を把握し、駅のオープンを然るべきテンションで待った。
無の顔で。
ほどなくして警官みたいな制服を着たインド人が群れの向こうに見えるドアを開けた。群れが雪崩れ込んでいく。私も群れの中にいるしこのまま流動的に中に………
あれ?
よく見ると、流れていく群れとそうでない群れがある。私の、流れてない。
なぜだ?えっなんで?とその時、僅かな人と人の隙間から見えた。柵だ。
群れで見えなかったが向こうに見えたドアの前にはちゃんと鉄柵があり、建物に沿って鉄柵があり、それに沿って並ばなければ永遠に中には入れないのだ。
待てよ。柵が見えなかった私が並び損ねているのはわかるが、この私の周りの、駅に用事があるだろうに永遠に流れない群れにいるインド人達は何をしているんだ。どう見てもただ前へ、前へと柵に身を乗り出している。わからない。わからな過ぎて色んな可能性があって本当にわからない、がそれよりも早く流れに乗らなければ。
私は群れをかき分けて流れている群れの最後尾に着いた。すぐに私の後ろは埋まった。新たに前も埋まった。何度だって言うよ、インド人は列に並ばない。
郷に入っては郷に何とやら…インド人許す…と人にもまれ流れていると、違う海流に乗っている数人のおっさんがこっちを見て「外国人は上だよ〜!」と叫んでは流れていった。
こういうところがあるのだ、インド人は列には並ばないが、いい事を教えてくれたりもするのだ、メチャメチャきびしい人達がふいに見せたやさしさのせいだったりするのだ。
なんとか二階に辿り着いた私は、無事外国人カウンターで「ムンバイ⇔バラナシ」チケットを購入。ちゃんと寝台車だぞ〜やったぞ〜とホクホクしていると、インド到着5日目にして初めて日本人、の女性、しかも二人組に遭遇!と思ったら違った。日本人では無かった。彼女達が何人であるのかを周囲の騒がしさと私の壊滅的なヒアリング力のおかげで聞き逃したまま話は進み
「あなた一人なの?」
「うん、一人なの」
一人。
一人は平気な方である。一人という感覚が薄いのか、日本では割と何処でも一人で平気であった。一人が普通であった。
ホラー映画を一人で観に行き、鑑賞後に帰ろうと席を立つと後ろにいた老夫婦の「こんな映画一人で観に来る人おるんやねえ…」との囁きが聞こえ「こんな映画」って言っちゃうならもう夫婦で観に来るのも同じじゃないのよと脳内で反論したり、深夜3時に意識の低そうなチェーン居酒屋に一人で行き、他に客もおらず静まりかえった店内の半個室で店員の隠せてない注目を独占しながら炒飯のみを注文し食べて帰ったりした。居酒屋のは何故そんな事をしたのかわからないし、二度としない。もう夜中に炒飯を受け付ける胃袋でもない。
脱線したがとにかく、そんな一人平気な私がインドでひしひしと一人、という状態を感じていた。心細い、という感覚を味わっていた。
彼女らと一緒に宿を探そうかともなったが、お互いに駅近がよくお互いの目的の駅が割と離れていたために叶わず、駅で別れた。

ムンバイで宿探しである。
地球の歩き方に載っていたある一つの宿に目をつけタクシーを拾う。が、ホテル名を言っても、住所を言っても書いて見せても、道路の名前でもわかってもらえず、なるべく避けたかった地図を出して指し示した。
何故に地図の使用を避けたかったかは、その土地が不慣れな客である、何も知らないカモとバレルからで、料金をふっかけられやすいから気をつけよ、と他のインド関連の旅行紀等で読んだからである。
しかし他に手が無いので仕方がない、私は一生懸命「ここ、このホテルだよ」と地図を指をさして説明した。
それでも説明の挙句に「ワカンネエヨ」と5人のタクシー運転手に断られた。単純な道に見えるんだけど…地図が読めないとかなのかなあ…不思議さと戸惑いの中タクシーに声をかけ続けると、ついぞ一人のおっさんがワカル、イケルと言う。私は地図をこれでもかとゆっくり指して
「ほんと?ほんとにわかるの?このホテルよ?」
「イケル…ワカル…65ルピー…イケル」
…ちょっと不安、そして少し高い、けどいいや
「おーけー。65ルピーね」
ああよかったと座席に尻を落とすと勢いよくタクシーは走り出した。
おっさんが「もう地図はいらないよ」と私に突っ返してきた。
大丈夫なのか。
これがRPGでお前が勇者だとお前は迷い姫は死んで王国が破滅するレベルの暴挙だが大丈夫か。
私は王国を守る為に念のため地図を見ながら運転を任せていると、いきなりおっさんはなんの躊躇もなく、地図の指し示すホテルに向かうに通らねばならない道を通り過ぎた。
ぶいーんと遠ざかる正解ルート…
えー!
いや待て待て待て。まだ慌てる時間じゃない。もしかしたらこれは一旦、いったん、何らかの理由で、あっちに向かって、Uターンするのかも!
Uターン!ゆ、はいしなーい!
「ちょっ!ちょっとちょっと!?過ぎたよ!」
「…………」
バンバンとおっさんのシートを叩いても、こちらに一瞥もくれず何も言わなくなったおっさん。ただ前を見てアクセルを踏み続けている。こわい。
「過ぎてるって!ちょっと!戻ってよ!」
「…………」
だめだこれ勇者じゃない、台詞の無いウロウロしてるだけの村人だ。モブだ。
これやっちゃったか…もうこれどこ…ぐるぐる回っていっぱいお金取られるのかしら…と眩暈をおぼえていると、村人否おっさんは唐突にブレーキを踏んだ。
「!?」
「………」
ガチャ バン!おっさんは車を降りると、遠くでたむろしているインド人のところにずかずか歩いて行った。何か話をしている。
「…………」
険しい顔つきで戻ってくるとまた勢いよくタクシーを走らせた、そして元きた道にUターン。やった!やったぞ!どうやら仲間に道を尋ねてきたらしい。神様ありがとう!一応目的地にたどり着こうとはしてくれているんだ!車が走り出した。
すこし走るとおっさんは再び唐突にブレーキを踏んだ。
おっさんは車を降りた。また道をききにいったらしい。おっさんが戻ってきた。また走り出した。よかった。
するとおっさんは唐突にブレーキを踏んだ。おっさんは降りた。おっさんきいた。おっさん戻った。走った。Uターン。止まった。きいた。走った。繰り返し。
……おっさんの「イケル」ってこういう事なの……?
走る・止まる・きくを繰り返す事六回、ようやっと目的地のホテル前まで着いた。
何かもう言いたい事は色々あるんだけど、とりあえずありがとうとおっさんに約束の65ルピーを渡した。
「イロイロ キイテ回ッテヤッタダロ!タクサン!100ルピーヨコセ!」
もーほらきたー!かつてなく長文話してるしー!
でも、探してくれたのは確か。ここまで運んでくれた事も確か。私は100ルピーを渡して車を飛び降りた。おっさんのタクシーは見えなくなるまで一度も止まることなく走り去っていった。

走る・止まる・きくの最中、ホテル付近を望まぬ観光させられていてわかったのだが、このエリアが今のところ群を抜いて、どえらく私は場違いであるという事だった。空気が張っているといおうかバックパッカー皆無、インド人以外皆無、女性も九九%見ない、故に注がれる視線が物凄い、放り込まれた異物感がすごい。
そそくさとホテルに入った。
たった一晩であること、バラナシ行きの駅に近く手ごろな価格のホテルはここしか無さそうなことから、部屋がどうであれ泊るつもりでいたので先に部屋も見ずに決めた、450ルピー。宿帳にズラリ並ぶ「Mr」の中に「Ms」と私の名前がちょこんと加わった。
望まない、多くは望まない、休める場所があればいいと唱えながら案内の無愛想な男について行くが、並ぶのは二人が限界の狭い通路を歩きながら既に嫌な予感がしてきた。
通路を挟んで部屋の扉が並んでおり、それはいいんだが、なんというか窓が一つもない。閉塞感がとてつもないし暗い。そしてすれ違うインド人にまじまじと、ある者にはもの珍しそうににやりと見られる。
案内人がここだよ、と言ったのは「潜水艦かな、私これから戦場に行くんかな」という部屋だった。
こんなにも思いやりのない部屋を初めて見た。
密閉したアルミ箱の上の方の隅に一ヶ所ちいさく空気穴として切込みを入れ、出入口をつけて、天井にファンをつけるとまずこの部屋の土台は完成。中にベッドを二つ、鏡、ライト、サイドチェストを置く。それが私の今夜の宿部屋。部屋のインテリアこれはいい、鏡なんて贅沢の類だ。
問題は空調だ。
ファンはやや主軸を揺らしながら勢いよく回っている。ベッドに横になると丁度ファンが頭上にあり、他のポイントに比べると風が感じられるのだがファンの
バァァ———————!
と威勢よく音を立て、ぐわんぐわんぐらつきながら回る様が今にも落ちてきそうでスリリングで精神的には涼しいが、ほぼ密閉された箱の中で空気をかき回しているだけなので肉体的には暑い。
じっと横になっていても汗が噴き出してくるくらいに。
暑い、ファンを眺めながら思う。
多くは望まないが暑さに滅法弱い私には結構キツイなコレ…涼しさ望みたい…えらいとこに来たな…
ともかく水と食べ物を買いに部屋を出た。

外は埃っぽい匂いと生臭いような匂いが混在している。先にも書いたが女性の姿は見当たらず、外にいる男たちは皆、何の店かで何をするでもなさそうに座り、ある者は立ち、じっとこちらを見てくる。ただ無言でじっと見てくる人たちの前を歩く。
足がふらついたりしないよう、弱そうに見えないよう、背筋を伸ばしてのしのし歩いた。
場違いだけれど私はここに来たのだからここを歩いてもいいじゃないか、と自分を励ましながら写真を撮る。
が、小心者なのでいつテメエ トッテンジャネエゾ ガンジスニナガスゾ とか言われないかヒヤヒヤした。
透明人間になりたい。もしくは透明人間の意識を持ちたい。そしたらもっと突っ込んで見れた。見たいところがあった。意気地なし!

悶々と歩いているとほったて小屋の屋根あたりからスナック菓子らしき袋を暖簾のようにずらーとぶら下げている店に行き当たった。パンがむき出しで入れてある小さなガラス棚、乱雑に置かれた菓子、おっさんが腰かけているすぐ横にもパンがむき出しで置かれている。
パン達の置かれている境遇が私の今まで見てきたものと違う。
今までのパン達はアルミホイルの上、バスケット、木のトレイに載せられたり、ラッピングされリボンまでかけられたりもしていた、言うならば「パンさん」「パン様」と呼ばれていたのがココでは「おいパン!」と呼び捨てにされているような「パン!コーヒー買って来い!」と言われているような心地だ。
なんだかいっそ清々しかった。
「見よ!パン達よ!思い上がるなよ!」と立ち位置の不明なヤジが頭の中に飛んだ、誰なんだ。
とりあえず今パンは食べたくない、ここのパンは食べたくない、すまない剥き出しのパン達…私はバスケットに入っているパンに慣れすぎた…私たちは衛生観が違うんだ…
ぶら下がっている初めて見るパッケージのポテトチップスと水を買うことにした。
おっさんが話しかけてくる、何処から来たのか、何しに来たのか、当たり障りのない事だったが、最後
「ここは君にとっていい場所か?」
ときいてきたときの、申し訳ないような、照れるような顔が印象的だった。
「少し怖い」私が言うと、おっさんは笑い、写真を撮らせてと言うと嬉しそうに、少し恥ずかしそうに応じてくれた。

食料を買い外に用が無くなったのでホテルに戻った。
蒸し風呂に戻った、戻る場所は蒸し風呂しかない。
共同のシャワールームで汗埃を流し、後は眠るだけとベッドに横になる。数分で汗をかきシャワーを浴びた意味を失う。
けたたましい音と危なっかしく回る頭上のファンを眺める。
これ軽い拷問みたいだなあ…
一晩だからいい。私はここで二晩過ごせと言われたらすぐ日本に帰る。帰るぞ!この部屋は二晩で人の気を狂わすポテンシャルを持っているぞ!
それほどの苦痛をもたらす部屋、他の宿泊客はどうしているか?
みな扉をあけ放っているのだ。あけ放っていた。
私はそうはいかない。
揺るぎない現実として私は女で一人でここはインドで男ばかりなのだ。かけられる鍵はかけておきたい。
一人でインドに行く事を決めた時に、まず一番の優先事項は「できる限り死なずに生きて帰ること」だった。
生及び死の実感を求めたが、死にたいわけじゃない。あくまでも生きたいのだ、生きたいからこその死への意識なのだ。
どれだけ自分で予防しても人間は死ぬ時は死ぬ、それは運命だが、自分が考えつく取れる行動、取るべき行動を取らずに死ぬのは、悔しいじゃないか。
それに感じたものを感じなかったふり、見えたものを見えないふりをするのは性に合わない。
皆がしているからといって、扉をあけたままは危険。危険だ、やめておこう。
何を大げさな、その状況ではそりゃ当り前だという人がいるかもしれないが、見えたのになんでか無視をしてアチャーてな事はある。
異常や危険の違和感は要するに勘だ。何かおかしい。何か引っかかる。
その勘を無視させるのは理屈だ。勘は人を騙さないが、理屈は人をよく騙す。
危ないなと感じても「でも、〜だから。〜だし。大丈夫」と説明できる理屈で、一番初めに感じた根拠無き感覚を遠ざける。
「でも、そこまで人は多くなさそうだし。受付の人もいるし。まさかこんな所で何も起こらないでしょう、少しでも涼しくなるなら…大丈夫だよね?」と理屈をこねることはできる。
理屈は理屈でどうとでも覆る。
違和感に根拠はない、説明できない、覆らない、だからこそ勘は大事だ。
だから私は蒸し風呂で汗だくで眠った。


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