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字幕と外国の食べもの

 映画の字幕を作るときに「1秒4文字」という目安がありますが、映像翻訳を勉強したことがなくても、このルールを知っている方はけっこう多いのではないかと思います。たとえば、ある人物が話しているセリフが3秒で、その字幕を1画面に表示する場合、最大12文字まで使用できることになります。

 この文字数のカウントとにらめっこしながら訳を練るわけですが、今回は北欧の食べものについて、もしセリフに出てきたらどう処理するか考えてみました。

 外国、とくにヨーロッパの食べものであれば、名前はカタカナの場合が多いでしょう。(「ヤンソンさんの誘惑」などもありますが、ひとまずおいといて…。)カタカナは漢字よりも多少早く読めるので、少し無理をしてでも字幕に出したい! ストーリー上、出さざるを得ない!という時には字数の目安を超えた字幕を作ることもあります。

 食べものの名前を出した例で有名なのは、フランス映画『アメリ』でクレーム・ブリュレの表面をスプーンで割って食べるシーン。ほんの数秒ですが、記憶に残る印象的なシーンですよね。もし、あそこで「クレーム・ブリュレ」と訳出していなかったら、映画の大ヒットもクレーム・ブリュレのブームもなかったかもしれません。

 それでは、北欧の食べものについて見ていきましょう。難易度は筆者の独断と偏見に基づく、字幕に名前を出す難しさの度合いです。

難易度☆ Kanelbulle/シナモンロール(7文字)

 シナモンロールは今やカフェやパン屋さんでも普通に見かけられるほど、日本でもおなじみのパンとなっています。一般的な知名度があれば、字幕には出しやすくなります。ただ、「シナモンロールを焼いたの」というセリフだったら、1.5秒くらいで流れてしまいそうなので、それがシナモンロールである必然性(そのあとの話の展開で重要なカギになるとか)がなければ、「パンを焼いたの」とする可能性も大です。

難易度☆☆ Knäckebröd/クネッケブロート(7.5文字)※促音は0.5文字カウント

 朝ごはんの時などに食べられているクネッケブロート。北欧ブッククラブの6月の課題書『樹脂』にも「クネッケ」が出てきました。カッコ書きで「ライ麦の粉や全粒粉で作る、薄くて平らなクラッカーに似た堅焼きパン」と注釈がついています。「クネッケ」にすれば字数は少なくなりますが、字幕では注釈がつけられないので、「クネッケ」がどのくらい伝わるかな…と悩むところです。

難易度☆☆☆ Surströmming/シュールストレミング(9.5文字)

 塩漬けのニシンを缶の中でそのまま発酵させたシュールストレミングは、すごく臭い食べものの代表格として知られています。いかんせん字数を食うので、言葉遊びやにおいの話でない限り、たぶん「ニシンの缶詰」などになってしまうだろうなと思われます。

難易度☆☆☆☆ Semla/セムラ(3文字)

 セムラはカルダモン入りの丸いパンにアーモンドペーストと生クリームを挟んだ、期間限定のお菓子です。スウェーデンでは、冬から春先(クリスマス前後~イースター頃)にかけてお店に並びます。
 字数が少ないのになぜ高難易度…?と思われた方もいるでしょう。映像にセムラが映っていればよいのですが、「セムラはどう?」などと会話で出てきた場合、「セムラ」を知らない人は何を思い浮かべるでしょうか。人の名前にも見えるし、地名かと思うかもしれません。字幕に出す場合には工夫が必要そうです。

難易度☆☆☆☆☆ Prinsesstårta/プリンセスケーキ(8文字)

 表面の黄緑色は薄く伸ばしたマジパン、中身はスポンジとジャムと甘くないホイップクリーム。スウェーデンではお祝い用のケーキとして愛されています。
 でもきっと、「プリンセスケーキ」と聞いて思い浮かべるのは、こちらですよね。。。

 こんな感じで、翻訳している最中に画像検索もよく利用します。英語など外国語の単語と、それを単純にカタカナ化した単語のイメージが、イコールではないことも多いのです。

 ちなみに、今度7月8日(月)に開催される北欧文学サロンにて紹介する短編映画『Refugee532』には、「カイマク(カイマック)」という食べものが出てきます。カイマクはクロテッドクリームのような濃厚な乳製品で、バルカン半島や中東、中央アジアの国々でよく食べられているそうです。

 そのシーンでは“bread with kajmak”と言っているのですが、わりとストレートに、「カイマクを塗ったパン」と訳しました。お腹を空かせたボスニア人の少年たちが自分たちの好きな食べものを思い浮かべているところなので、「カイマク」が分からなくても、故郷の食べものであることは流れで分かるし、パンに塗るような何かということが伝わればここでは十分だと判断したわけです。

 以上、字幕と食べもののお話でした。

Remi Fujino

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次回は セルボ貴子 さんが、フィンランドの夏至の過ごし方を紹介します。どうぞお楽しみに!
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