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【書評】強制結婚させられた青年の苦悩と孤独、自由に生きることの大切さについて(羽根 由)

タイトル(原語)  Stjärnlösa nätterna: En berättelse om kärlek,
                              svek och rätten att välja sitt liv
タイトル(仮)    星のない夜:愛と裏切りと自分の人生を選ぶ権利について
著者名(原語)    Arkan Asaad  
著者名(仮)    アルカン・アサード
言語        スウェーデン語 
発表年       2011年
ページ数      250 
出版社       Norstedts 

 2005年、私がスウェーデンに来て間もないころ、あるスウェーデン人女性と知り合いになった。彼女は元教師で、移民の多い地区に住んでいた。ある日、彼女はその地区に住む移民女性を守る活動をしていると説明した。「どうして? それは家族がやることではないのですか?」と私が質問すると、彼女は困ったような顔をしたが、それ以上の説明はしてくれなかった。

 スウェーデンへ来たばかりの私は「名誉殺人」も「強制結婚」も知らなかった。娘の結婚相手は親が決める。自由に恋愛する娘はふしだら。だから親族の名誉を守るために、不品行な娘は家族の手で殺されなければならない。そんな出身地域の習慣を持ち込む移民がいることを。
 もっとも有名な犠牲者はファディメ・シャヒンダールだろう。クルド系移民の彼女は2002年、スウェーデン人の恋人がいることを理由に父親に射殺された。
 父親が妙齢の娘を殺す? それも付き合っているカレシが原因で? 私にはまったく理解できなかった。ファディメから最初に相談を受けた警察官もそうだったらしい。「家族とよく話し合うように」と言って彼女を帰したそうだ。

 強制結婚については夏休み前によくメディアで取り上げられる。「親戚に会うために」親の出身国に連れていかれた少女たちがそこで強制結婚させられ、秋になっても学校に戻ってこない例があるからだ。
 強制結婚に反対するイギリスの団体 Karma Nirvana の女性たちに対するアドバイスは「パンティにスプーンをしのばせなさい」。こうすると空港のセキュリティでひっかかり、別室で検査を受けることになるので、そこで助けを求めることができる。

 私は上記で「女性」「少女」と書いたが、強制結婚や「名誉」を重んじる家族からの暴力の被害者には男性もいる。だが数の上では少数派なので見落とされがちだ。だからこの自伝的小説『星のない夜』が世に出たとき、「強制結婚させられた青年の運命」に注目が集まった。
 アマールは19歳。高校を卒業し、アメリカで1年働いた経験がある。両親ともクルド系難民だが離婚している。5人のきょうだい(姉弟)と強烈な個性をもつ父親がいる。数年ぶりに父や弟たちとイラクにいる親戚を訪問することになった。そこで美しくなったひとつ年上の従姉アミーナと再会する。最初は親戚たちの歓待を喜んでいたが、やがて彼は周囲から「アミーナと結婚するように」とのプレッシャーを受けるようになる。

 ここでアマール青年はいくつものカルチャーギャップを経験する。スウェーデン育ちの彼にとって、自分が使った食器を台所まで持っていくのは当然のこと。しかし、おばたちは、それは女の仕事だと言い張り、彼を台所から追い出す。
 恋愛結婚したいと言えば「愛情なんて後から湧いてくる」。自分の意思で生きたいと言えば「父親のいうことが聞けないの?!」。
 そこへ父親が仮病を使い、「彼の病気の原因はお前だ」と親戚になじられたアマールは「わかったよ。従姉と結婚する」と答える。“もうすぐスウェーデンに帰れるんだから”
 しかし、その翌日、家に親戚縁者とイマーム(イスラム教の指導者)が集まり、結婚式がおこなわれてしまう。結婚の誓いが、花嫁の父と花婿の間で交わされたーー花婿の父の強制で。

 アマールと一緒にスウェーデンに戻った父は、息子にこう命じる。「移民局で手続きをして、アミーナを妻としてスウェーデンに呼び寄せるように。働いて、アミーナの父親にお金を送るように」
 アマールは仕方なく郵便局で働きはじめる。「映画監督になりたい」という将来の夢は潰えてしまった。
 帰りたくてたまらなかったスウェーデンでもアマールは孤独を感じる。「結婚したことを、友達にどう説明すればいいのだろう?」 
 本書の特徴は、「わかってもらえない」主人公の孤独感を鋭い感性で描いていること。「自由に生きたい」という意思をクルド文化ではわかってもらえず、男性も強制結婚の被害者になるのだということをスウェーデン人にはわかってもらえない。

 2011年にこの自伝的小説『星のない夜』を出版した後、アサードは警察庁や自治体との協力や講演活動を通じて、強制結婚の反対を訴え、自由に生きる権利の大切さを説いている。誰かが告発し、社会を教育しなければならない。空港で怯えた少女(あるいは少年)が保護されるように。警察に相談に行った若者が「家族と話し合うように」と帰されてしまわないために。

著者のアサードは1980年生まれ。1984年にクルド系の家族と共にスウェーデンへ。スウェーデンではテコンドーのチャンピオンになったこともある。ストックホルム映像学校を卒業し、ラジオ番組の製作にも関わった。本作の続編に『血は赤より赤い』(2014年)、『輝く太陽の向こう側』(2018年)がある。
Yukari Hane

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来週水曜日は、セルボ貴子さんがフィンランドの本を紹介したます。どうぞお楽しみに!

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