妖精

三題噺
『次世代、即興、ストーリー』


「言わせてください、めっちゃ悔しかったです」

「あれはエゴ、ただのエゴっすよ」
「それをわたしは、かくれんぼって呼んでるんです」
「あははは」

「これ以上言葉に出しても野暮なんで、帰りますわ」
「お気をつけて」

ニアさんとわたしの差は、向き合えた時間にある。
ニアさんが多くを語らなかったのもそれが彼の表現であるからで、わたしがあえて言葉で示したのもこれが必要になる時があると思ったからだ。
これからの話は拙くとも汲み取ってもらえるのなら、そのように書き表してみたい。


わたしたちの貸し借りは、今回でちゃらになった。
前回があるとするならば、あれを貸し借りと計上するならば。
2人が共通して答えられるのは名音集落の音楽祭になるだろうか。
曲から曲への刹那、コンマゼロ秒単位。
てぃんさぐぬ花。

広々とした空間の中央でわたしは踊る。
ニアさんはチルアウトを選曲する。

2人は共通して、周辺を音と取り入れた。
家族連れの話し声、追いかけっこで遊び回る子たち。
体育館の高々な天井を刻々と彩る2機の照明。
暗幕からも光が射すほどに、そうなると出入口からの風は通り道を抜ける。
曲と曲は周辺と音を取り入れて伝わったかもしれない。
広々とした空間の中央で、ふらつきながら踊っていた。

名音集落が一丸となり、有志と関係者によって音楽祭は開催された。
小学校の体育館という風変わりな会場にてチルアウトが流れる時間。
「あの音合わせもやっぱりチルアウトでしたか」
次の出番を控えるファンクロックバンドが幕内で音合わせを始める。
ニアさんは笑う。
「ドラムのカジマさん、音がデケエんすよ」と笑う。
どうやらあの時間のカジマさんは、チルアウトじゃなかったらしい。

20分が経過する。
わたしの口から不意に「かっちょええ」と発せられている。
てぃんさぐぬ花が流れた。
前の曲からてぃんさぐぬ花と切り替わった直後かほぼ同時、あるいは直前で呟いていた。
おそらくは曲を切り替える直前。
言い放った「かっちょええ」がてぃんさぐぬ花を追い越しながら周辺も音と取り入れたのだと思っている。
ニアさんは選曲で表現していたし、わたしも努めて踊りを演じ終えた刹那、「かっちょええ」と放つ一言がコンマゼロ秒単位で曲と踊りを追い越した。
真っ当に思える偶然なのかもしれないが。
いつぞやの観光客、ぴたり動きと合致する「I Believe in Miracles」、前奏に合わさったミウラさんの両腕や拳の様でもある。


名音集落の音楽祭にて何らかの貸し借りが計上されたとするならば、それらはちゃらになった。
ラウンジスタイルの選曲でもって、今回はカフェバーという空間を担ったニアさんの閃きを、わたしは傍観するだけだった。
閃きは「ただのエゴ」だと片付けられてしまっても、羽を見た悔しさは他人の言葉を借りてでも、ニアさん本人へ伝えたかった。
あああっ、あー。
そっか、これは悔しいぞ。
悔しいんだぞ、と。

こうやってわたしが一つ一つストーリーを仕立てるのも、次の世代へ継いでもらうための即興性を重んじるからだ。(ここだけ、本当、ごめんなさい)


この夜シンさんが呼び寄せたジーニアスの妖精は、後を引き継いだニアさんの手からきちんと場を離れて、かくれんぼを終えている。
時系列で並べてみよう。

午後8時に始まるラウンジスタイルの店内イベントは、2巡目、11時過ぎ。
現場を務めるシンさんがtrf「BOY MEETS GIRL」より前に、ハウスと思われる1曲を流した。
この曲順がニアさんやシュンさんのステップと合わさって、どこかの誰かにジーニアスの妖精を呼び寄せた。
点々と場所を移る妖精が1秒でも長く居られるような身体の準備をわたしは怠っていたようだ。
向かい側のシュンさんに倣う足踏みを刻んでも、妖精との相性は別にあった。

日付が変わったあたり。
出番となるニアさんがシンさんの曲を引き継ぐ。
30分後。
30分ごとの交代は次の出番、店外の喫煙スペースに居るダイチさんへ。
ダイチさんへと曲が継がれるはずだが、ふっと、妖精が閃きを宿らせた。


「ニアさん、最後のあれって。決めてたんですか」
「場の思いつきっす」
「あの瞬間で」
「そうっす」
「あー」
わたしは傍観するだけの内省を吐露した。
一言の言葉も追いつかない怠けた体をニアさんに吐き出した。

「言わせてください、めっちゃ悔しかったです」
2人が共通して答えられる名音集落の体育館。
わたしが踊る周辺と音をニアさんのチルアウトが取り入れる。
ニアさんとわたしの差は、向き合えた時間にある。

「追いつかなかったなあ」
「あれはエゴ、ただのエゴっすよ」
「それをわたしは、かくれんぼって呼んでるんです」
「あははは」
ニアさんが多くを語らなかったのもそれが彼の表現であるからで、わたしがあえて言葉で示したのもこれが必要になる時があると思ったからだ。

「これ以上言葉に出しても野暮なんで、帰りますわ」
「お気をつけて」
お気をつけて。
普段のニアさんとは別人のような言葉遣いに、ジーニアスの羽を見た。



ありがとうございました。
次回の予告です。

20190906『URLリンク
20190907『ともに白髪の生えるまで
20190908『標識

『スマートフォン』『驚き』
『返信』『バイバイ』
『6行』『挑戦』

スマートフォン、返信、6行
スマートフォン、返信、挑戦
スマートフォン、バイバイ、6行
スマートフォン、バイバイ、挑戦
驚き、返信、6行
驚き、返信、挑戦
驚き、バイバイ、6行
驚き、バイバイ、挑戦

スマートフォン、返信、6行
スマートフォン、バイバイ、6行

6行。
やってみましょう、また明日。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?