車窓

 朝のバスは定刻通りに瞬間の景色を切り取る。
信号待ち、停留所、利用客の乗り降りに一定した発車時間が伴えば、雑多な感情、例えば散らかる部屋と積み重なる業務の一切を思わずにすむ。
寝過ごし予防のアラームさえもためらわれるように、空港行きバスは第二便の飛行機へ合わせて、せわしなさを悠然と追い抜いていく。
通過する景色が到着予定までの眠気を誘い、目をつぶって鼻から息を吸う。
カーテンを閉める音、アスファルトの傾斜、トンネルの薄暗さと浅い日差し、クーラーから降りてくる風も一時の間だけ、それらあっという間にせわしなさが追いついて、微々たる抵抗を試みようと機械音声のアナウンスは次の停留所を知らせている。
 曇天、蒸し暑さとまではいかないが、まとわりつく空気の重さが感じ取れた。
外方からは窓際に座る利用客の顔が等間隔に並ぶ。
終点の空港まで続く眠りが数百円と数十分を代償に伸ばせられるならば、とバスを見送る。
半身を上方向へ伸ばす。
両腕と体を互いに左右へと捻る。
 勤務地に続く曲がり角まで国道沿いを歩いて、部屋と業務と、投稿する記事の続きを考えている。
横断歩道を渡ってから、土産店を横切って、牛小屋、賃貸マンション、牧草地、曲がり角。
木陰の頃には数秒ほど目を閉じてまた息を吐く。
散らかる部屋は遠く彼方へ。
積み重なる業務は担当する利用者それぞれの出勤予定や組み合わせと時間配分へ 。
雑多に占める割合が明暗、明確に分かれていた。

 今日まで見られているこの景色も、今朝のように思い出す日が来るのだろう。
 赤と黄色の外壁に囲われた窓からタコ焼きを二パック、ソフトクリームを一つ。
夏目漱石の千円札を渡してお釣りを受け取る。
運転席の方から父親が「買えた?」と声に、わたしはタコ焼きの入ったレジ袋を手渡す。
車の中で母親にお釣りを返してから左手に持ったソフトクリームを慎重に味わう。
両親の仕事が終わるあの時間まで、わたしが小学校に上がるあたりまで、帰り道にある赤と黄色のタコ焼き屋は営業していたはずだ。
 赤茶レンガの外壁には一片だけ剥がれた塗装跡。
膝上あたりと膝上から顔の高さまで、二色に分かれており、下部は黄色く上部は赤く、同じレンガ風である外壁全体の赤茶塗装の中に剥がれた赤と黄色の一部が紛れる、残されている。
バイクショップの外壁に、向かい合う停留所の乗り降りを待ちながら、空白が混じる赤と黄色が目に入る。

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