新機軸は初代王者以来の「トップバッター優勝」だった。勇気溢れる頭脳派コンビが魅せた、令和ロマンの作戦勝ち

 令和ロマンの優勝には、偶然性を含めて、様々な要因が複合的に絡んでいた。事実は小説より奇なりと言われるが、今回で19回目の開催となったこのM-1グランプリ2023決勝は、各所に伏線が散りばめられた、高度で難解な極上すぎるミステリーだった。

 1組目。笑神籤プレゼンターの栗山英樹さんにトップバッターとしてその名前を引かれたとき、令和ロマンは笑いの神様から見放されたかに見えた。優勝はおろか、最終決戦進出も正直厳しいだろうと。ところが終わってみれば、初代王者である中川家以来のトップバッター優勝を成し遂げるとは。世の中にはミステリーが無数に存在するが、今回のM-1に勝るものはそう多くないと思われる。

 1本目、648点という数字は、これまでのトップバッターとしては史上最高の点数だった。その出来栄えも上々。ネタが面白かったことはもちろんだが、見逃せないのは、本ネタに入る前にまずしっかりとしたつかみで会場をほぐしたことだ。そしてもうひとつが、登場する際のせり上がりでも髙比良くるまがボケをかましたこと。挨拶がてらといった感じの軽いパンチではあるが、決勝初出場の令和ロマンにとってはこれらが「お通し」ではないが、いわゆる自己紹介的な効果があった。その本ネタ、すなわちメインディッシュを輝かせるためのアシストパスが優れていたこと。トップバッターでありながら最終決戦まで残ったその理由を探るならば、何かやってやろうと策を凝らしたその勇気になる。「見る者に少しでもインパクトを与えてやる」。そうした心意気というか、敢闘精神みたいなものが彼らには確実に備わっていた。

 そんな令和ロマンを見て筆者が想起したのは、3年前の王者、マヂカルラブリーだ。その1本目のせり上がりを土下座の姿勢で登場し、つかみネタで「どうしても笑わせたい人がいる男です」と言い放った野田クリスタル。そんな3年前の野田クリスタルと今回の髙比良くるまが、筆者にはどことなく重なって見えた。
 自分のキャラクターを素早く見せることで会場を味方につけた、ある種の作戦をこの大舞台で実行したわけだ。髙比良くるまに聞いたわけではないが、おそらく彼は野田クリスタルからそれなりの影響を受けていると思われる。そうでなければあの芸当はできない。頭脳的だが、とても勇気のいる作戦でもある。「トップという不利を覆すためにはジタバタするしかない」。ネタを通してそうしたメッセージさえ聞こえてきそうだった。

 トップバッターであることを踏まえれば、648点は極めて高い点数だ。繰り返すが、トップバッターの史上最高点の数字でもある。だが、近年の決勝のレベルを考えると、最終決戦に残るには若干、物足りない点数でもあった。最下位はないが、上位3組に入るには少し厳しい。その時点で少なくとも敗退の可能性は60%以上はあったと思う。そのパフォーマンスが滅茶苦茶よかったことはたしかだが、1組目が終わったこの段階で令和ロマンの優勝を予想した人はまずいなかったはずだ。

 令和ロマンの可能性は、3組目のさや香に上回られるとこれまた大きく下がった。そして6組目のヤーレンズにも上回られ暫定3位に落ちるや、その敗退はもはや時間の問題にも見えた。この時点で後に残っていたのは、真空ジェシカ、ダンビラムーチョ、くらげ、モグライダーの4組。ダンビラムーチョとくらげはともかく、真空ジェシカとモグライダーの2組は言わずと知れたファイナリスト経験のある実力派だ。しかも順番は勝ちやすいと言われる後半の7番目以降。残る4組のうち、誰か1組くらいは確実にトップ3に食い込むだろう。そうしたムードは少なからず存在した。4位転落の可能性は少なく見積もっても80%以上。令和ロマンはこの時徳俵に足を掛けた土俵際、明らかに崖っぷちだった。

 ところが、結果はそうならなかった。令和ロマンは2005年の笑い飯以来、実に14大会ぶり(18年ぶり)となるトップバッターからの最終決戦進出、さらには第1回の中川家以来となる、史上2組目のトップバッターからの優勝を成し遂げた。

 さまざまな理由が考えられる。

 トップバッターという不利な状況を変えようと、無理矢理にでも風を吹かせ、自分たちによい流れを引き寄せた1本目の戦いぶりがまずひとつ。その勇敢な姿にお笑いの神様が振り向いたのかはわからないが、今回の令和ロマンに大きな幸運をもたらしたと僕は考える。

 ファーストラウンド2番目に登場したのは、激戦の敗者復活戦を勝ち上がってきたシシガシラだった。午後3時から決勝開始直前の6時30分近くまで行われた今回の敗者復活戦。これまでで最も見応えがあったとは筆者の感想になるが、その勝者としてシシガシラが選ばれた瞬間、筆者は「決勝でもいける」と予想した。ひょっとしたら優勝するかもしれないと、お世辞抜きに思った。それくらい、敗者復活戦のシシガシラのネタは凄まじかった。
 結果を先に言えば、シシガシラの決勝での順位は9位で、順番的には今大会最初の敗退コンビとなった。なぜ敗者復活戦とネタを変えてしまったのか。もちろん全国放送ですでに多くの人にネタを見られてしまったということもあるが、それを差し引いても十分に戦えていたと僕は思う。このシシガシラの選択ミスは令和ロマンにとってラッキーだった。ここでシシガシラが令和ロマンを上回っていれば今大会の結果は変わっていたわけで、その可能性は実際それなりにあったと思う。

 だが、それ以上に令和ロマンにとって追い風となったのは、3組目のさや香のネタ直後、コメントを求められた松本人志さんが放ったこの言葉になる。

 「やっぱりねぇ、令和ロマンに僕、90点付けちゃったでしょう。令和ロマンは超えてないかなと、僕は思ってしまいましてね。ちょっと低いなと思いますよ、89点。まあでも、令和ロマンを超えるのはなあっていうのとねぇーー」

 さや香に対して令和ロマンより低い点数を付けたのは、7人の審査員のなかでは松本さんただ一人。他の6人は全て令和ロマンと同点もしくはそれ以上の点数を付けていただけに、松本さんがさや香に付けた89点はとりわけ目立つことになった。
 手前味噌で恐縮だが、実は筆者もこの松本さんのコメントと全くの同意見だった。こちらが令和ロマンに付けたのは92点で、さや香に付けたのは91点だが、言いたかった内容はほば同じだ。令和ロマンのほうが僅かだが、さや香より面白かった。もちろんこれでさや香の得点が変わることはないが、トップバッターの令和ロマンがどれくらい面白かったのかを、審査員を含むこのコメントを耳にした人全員がその瞬間、再度頭の中で回想したのではないか。

 令和ロマンを超えているか否か。その後に登場したコンビのネタには、おそらくこの視線がほぼほぼ向けられていたと僕は思う。いわば大会の軸、その基準点に気がつけば令和ロマンはなっていた。

 カベポスター、マユリカ、ヤーレンズと、その後に続いたコンビの審査を見れば、先述した松本さんのコメントに少なからず効力があったことがよくわかる。令和ロマンより面白いと思ったらそれより高い点数をつけ、超えていないと思ったら低い点数を付ける。見ているこちら側も含め、その審査はとてもやりやすくなったとは筆者の見立てだ。松本さんのコメントがきっかけではあるが、そのコメントを引き出すだけのネタを令和ロマンが披露したことはたしかで、決勝戦の大きなターニングポイントになったと見る。

 令和ロマンを抜いたヤーレンズの次に現れたのは、3年連続3回目の決勝となる優勝候補の真空ジェシカだった。準々決勝と準決勝を沸かせたネタで爆笑を生み出すことに成功。いま振り返ると、ここが令和ロマンの2人にとってはおそらく最大のピンチだったと思う。笑いの量は両者ほぼ互角くらい。真空ジェシカが上位に食い込む可能性はかなり高かったとは率直な印象になるが、審査員の好みに合わなかったのか、あえなく敗退。令和ロマンに最終決戦の可能性が見え始めたのは、この辺りからになる。

 続く8組目のダンビラムーチョ、9組目のくらげのネタは、ざっくり言うと今大会ではハマらず。両者ともに最初の1分〜1分半の段階で「これでは厳しい」という反応だった。予選でそのネタをすでに目にしていただけに、最初の1分で結果はすでに見えていたというか、その審査結果が僕には少々可哀想に見えてしまった。両者には申し訳ないが、例えば敗者復活戦のトム・ブラウンやナイチンゲールダンスのほうが、今回の決勝で活躍できていたような気がする。

 令和ロマンが残す最後の敵、ファーストラウンド10組目に残ったのは、筆者が今回の本命と見ていたいまが旬の売れっ子、モグライダーだった。そのネタはもちろん、予選を沸かせた例の「空に太陽がある限り」のネタだった。
 令和ロマンか、モグライダーか。勝負の行方はモグライダーの出来にかかっていた。目を凝らすべきは最初の1分半。その反応を見れば、答えはすぐに判明した。
「さそり座の女」には及ばない。審査結果を見るまでもなく、この瞬間、令和ロマンの3位通過が確定したと言ってもいいだろう。

 モグライダーがダメだったというより、個人的には令和ロマンがしぶとかったという印象になる。トップバッターだったにも関わらず、それだけ後に残る強いインパクトを見るものに与えたというわけだ。崖っぷちからの生還をはたしたこの時、「令和ロマン優勝」の文字が確実にこちらの頭によぎった。その劇的な通過が最終決戦の弾みになったことは間違いない。

 迎えた最終決戦。再びトップバッターとして登場した令和ロマンのネタは、筆者が目にした準決勝と準々決勝を通過したネタ(猫の島?)ではなかった。加えて言えば、ファーストラウンド(1本目)のネタも、予選ではおそらく披露していなかったであろうネタだった。
 過去にこうしたコンビがいたのかはわからないが、近年最終決戦まで進出したコンビが予選(準々決勝、準決勝)で披露したネタを決勝でひとつも使わなかったのは、この令和ロマンが初めてではないか。少なくとも筆者が準決勝を初めて目にした2019年以降では、そんなコンビを目にしたのは彼らが初めての経験になる。

 今大会の準々決勝と準決勝に目を通した人ならお分かりいただけると思うが、今回のファイナリストが決勝で披露したネタは、(微調整こそあれ)大方のものはその予選で目にしていたものばかりだった。ファーストラウンドで唯一、予選とは異なるネタを使ったのは令和ロマンで、筆者はてっきり最終決戦のためにそのネタを温存しているものと思っていた。ところが蓋を開けてみれば、最終決戦もこれまた予選では見たことがないネタで、付け加えれば、予選で見たネタよりさらにもっと面白いネタだった。トップバッター優勝も含め、今回は色んな意味で令和ロマンに驚かされた大会となったわけだ。

 令和ロマンには勇気があったとは先述したが、このネタ選びもまさにその賜物だと思う。他のコンビが判で押したように予選を通過したネタをそのまま披露するなか、彼らだけは違った。ネタバレを恐れたのかはわからないが、予選を見た人が知らないであろうネタで勝負をするという、いわばある種の賭けに出たわけだ。決勝でどう転ぶか、令和ロマンの2人にも多少なりとも不安はあったと思う。だが、その賭けに彼らは見事勝利した。それもトップバッター優勝を成し遂げるという、劇的なストーリーのおまけ付きで、だ。

 誰にも文句がつけられない完璧な勝利。今回の令和ロマンの優勝をひと言で言えばそうなる。これまで何度も述べているように、彼らは前回の敗者復活戦で最も優れたネタを見せたにも関わらず敗退するという大きな不運に昨年すでに見舞われていた。それに加えての今回のトップバッターである。これほどアンラッキーが続くコンビはそうそういない。
 考えうる限りの逆境に晒されながらの優勝。その優勝の価値は間違いなく今回の令和ロマンが1番高い。それもダントツだと僕は思う。

 最終決戦の票数はヤーレンズ3票に対して令和ロマン4票。それも最後2人(礼二、松本人志)の開票によって逆転するという、これまた痺れるような展開となった。ヤーレンズもよく頑張ったが、2本目のネタも含め、これだけの不運を跳ね返してきた令和ロマンのほうがやはり優勝に相応しかったとはこちらの正直な感想になる。

 中川家以来のトップバッター優勝。だが、中川家が優勝をはたしたのはまだ大会の基盤ができていなかった初回の大会で、令和ロマンが優勝した今回とはレベルも含め、大袈裟に言えば事情が全く違う。さらに言えば、中川家がすでに事前に決まっていた順番であるのに対し、令和ロマンはネタの直前まで順番がわからない笑神籤システムによるトップバッターだ。同じトップバッターでもどちらの優勝がより凄いものに見えるか。答えが後者であることは言うまでもない。

 直前に決まったトップバッターにも関わらず、見事な作戦で優勝をもぎ取った令和ロマン。作戦勝ちという点においては、2020年のマヂカルラブリーさえ上回ったとは筆者の見解になる。そして最後に言いたいのが、怖いほど冷静な、芸人としてのその落ち着いた佇まいに他ならない。

 優勝が決まった瞬間、ここまであっさりしているというか、薄い反応を見せたのは、ここ最近の王者ではたぶん彼らくらいだろう。なかでも個人的に最も感激されられたのは、優勝トロフィーを渡された直後にコメントを求められた松井ケムリの「汗臭くても優勝できるんだってことがわかってよかったです」という返しになる。その時、カメラに顔を抜かれた松本さんは、明らかに驚いた顔を見せた。「コイツら、すごいな」。まるでそう言いたげな表情に、少なくとも僕には見えた。誰もが浮かれているであろう優勝が決まった瞬間にも関わらず、その咄嗟のコメント力(=芸人としての実力)に、あの松本さんも思わず舌を巻いた、とはこちらの勝手な想像である。

 新王者が魅せた新機軸は、昨今の賞レースの常識を覆すトップバッター優勝。頭脳明晰なコンビによる、必然性の高い作戦勝ちだった。マヂカルラブリー超えはもちろん、褒めすぎを承知で言えば、一躍ポストダウンタウンの有力候補に躍り出たとはこちらの見立てになる。お笑いのルール内で生意気というそのキャラクターも、スーパースターには必要不可欠な要素。実際に2連覇(もしくは2回優勝)を狙うのかはわからないが、このコンビならもしかしたらという気もしなくはない。お笑い界はもちろん、芸能界史にも刻まれるであろう画期的かつ劇的だった決勝戦。この大会を経てM-1に病みつきになる、筆者のような人物が大量に発生したことはたしかだと思う。

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