立川志らくさんが抜け、海原ともこさんが加わった審査員。女性審査員2人が決勝戦の鍵を握る?


 先日発表されたM-1グランプリ2023決勝戦の審査員。その7名は以下の顔ぶれとなった。

 松本人志、礼二(中川家)、海原ともこ、富澤たけし(サンドウィッチマン)、塙宣之(ナイツ)、博多大吉(博多華丸・大吉)、山田邦子

 前回から変わったのは7名中1人。立川志らくさんが抜け、新たに海原ともこさんが加わった。その変化は大きいのか小さいのか。人によって意見は様々だと思うが、個人的にはそれなりに大きいものになると見ている。今回のファイナリストのレベルが過去最高と言いたくなるほど高いこともあるが、筆者がそれよりも先に言いたいのが、その前任者がこれまでに果たしてきた役割、功績についての話だ。

 先日勇退を発表した立川志らくさんが審査員を務めた2018〜2022年までの5年間。この過去5回の大会がM-1はもちろん、お笑い界全体に及ぼした影響はとてつもなく大きいと僕は思っている。霜降り明星(2018年)、ミルクボーイ(2019年)、マヂカルラブリー(2020年)、錦鯉(2021年)、ウエストランド(2022年)。少々大袈裟に言えば、この近年の王者たちはいずれも、その時代に少なからずの影響を及ぼしたコンビとは筆者の見立てになる。

 大会史上最年少で優勝を果たした霜降り明星は、新世代の筆頭として「お笑い第七世代」なる、俗に言う若手芸人ブームを巻き起こした。
 その翌年に優勝したミルクボーイはM-1史上最高得点を記録。しかも特筆すべきは、彼らがそれまでテレビにはほとんど出演していかった、いわゆる無名の芸人だったと言うことだ。決勝の直前までアルバイトをしていたという売れていないコンビが、優勝候補のかまいたちや和牛を倒して優勝する姿に痺れた人は数多かったことだろう。「売れていなくてもM-1で優勝できる」をまさに地で証明したコンビだ。
 コロナ禍に入った翌2020年に優勝したのは、過去に決勝で最下位になった経験を持つマヂカルラブリーだった。「最下位になっても優勝できる」とは優勝直後に発した野田クリスタルの言葉だが、それ以上に世の中に影響を与えたのが彼らの芸風、そのネタのスタイルだった。世間ではよく我流と言われる、喋りではなく動きが中心のネタ。「そもそも漫才とは何か?」。俗に漫才論争と呼ばれる議論を巻き起こすなど、その優勝が世間に与えた影響はとりわけ大きい。間違いなくM-1の歴史を大きく変えたコンビだと言い切れる。
 続く2021年に優勝を果たした錦鯉も同じく大会の歴史を変えた、お笑い界に大きな衝撃を与えた1組だ。こちらはネタのスタイルではなく、その年齢になる。大会史上最年長優勝。長谷川雅紀(当時50歳)の記録を塗り替える人はおそらく今後現れることはないだろう。燻っているベテランの希望の星となった人生の逆転劇。ビックリ度ダントツの、これまた世間に大きな影響を与えた優勝コンビになる。
 そして記憶に新しい前回の王者は、井口浩之の毒舌を売りにする毒舌漫才のウエストランド。「こんな窮屈な時代なんですけど、キャラクターとテクニックさえあればこんな毒舌漫才もまだまだ受け入れられる」。優勝トロフィー授与の際にそう語ったのは松本さんだが、そんなウエストランドの優勝から1年が経過した現在、いわゆる毒舌系の芸人や自らの意見をスパッと語るタイプのタレントの活躍が明らかに目立つようになっている。「お笑いは本来毒があったほうが面白い」。そう感じさせられる今日この頃だ。

 前置きが長くなってしまったが、こうした過去5大会の王者たちを選出してきたのは、言わずもがな決勝戦の審査員たちである。松本さん、礼二、塙、富澤、志らくさん。この5人が過去5大会でいずれもその審査を担当しているが、そのなかでも、最終決戦の審査で票を入れたコンビのいずれもが優勝をはたしたという人物が実はひとりだけいる。その人物こそ、今回審査員から卒業された立川志らくさんだった。近年の優勝コンビを全て選んできた審査員。大袈裟に言えばそういうことになる。

 もちろんその全ての審査が志らくさんに委ねられていたわけでは全くない。過去5大会のうち、2019年(ミルクボーイ優勝)、2021年(錦鯉優勝)、2022年(ウエストランド優勝)の最終決戦はいずれも、内容はともかく、票数的にはそれなりに差がついた結果だった。それとは逆に接戦だったのは、霜降り明星(4票)と和牛(3票)が争った2018年と、マヂカルラブリー(3票)、おいでやすこが(2票)、見取り図(2票)の三つ巴となった2020年になる。先述した通り、志らくさんはいずれも結果的に王者となったコンビに票を入れたことになるが、もしあの時彼が違うコンビに票を入れていれば当然その歴史は変わっていたわけで、お笑い界の勢力図はいまとは大きく違っていた可能性がある。
 タラレバ話になるが、もし志らくさんが和牛に投票していれば霜降り明星は優勝していなかったわけで、お笑い第七世代なる言葉が生まれることもなければ、和牛はいまごろ解散せずに済んだかもしれない。

 そんな志らくさんのこれまでの5回の審査を通しての印象は、結構よかったとはこちらの正直な感想になる。もう少しくらい審査員としての姿を見たかったとは、その勇退を知った直後の率直な思いだ。ジャルジャル(99点・2018年)、トム・ブラウン(97点・2018年)、ランジャタイ(96点・2021年)、ヨネダ2000(97点・2022年)など、あくの強い特異なネタに高得点をつけてきた印象があるが、そうした部分も言わばその「らしら」というか、いまでは懐かしく感じられる。そうした過去の審査のなかでも筆者が特に印象に残るのは、前回王者となったウエストランドに対するコメントになる。

 「いまの時代は人を傷つけちゃいけない笑いが主流なんですよ。それが(ウエストランドは)傷つけまくるでしょう。だからあなた方がスターになってくれたならば、時代が変わる」
 「本来“笑い”っていうのは、そういうものだから。そういう毒があるのが面白いので、これが王道になって欲しいという願いも込めて98点にしました」

 時代が変わって欲しい。すなわち、いまの時代(お笑い界)にはまだまだ満足していない。おそらく志らくさんはそう感じていたんだと思う。そこに悪役ではないが、あえて言えば時代に逆らうようなネタをするウエストランドが現れた。単に面白かったと述べるだけでなく、このコンビには時代を変える力がある、そして時代を変えて欲しいと、全国のお笑いファンが見つめるなかで堂々と発したわけだ。その姿に僕はキレの良さ、格好良さを感じた。他の審査員にもこうした力強い言葉をもっとどんどん発してほしい。そう思わずにはいられなかった。

 志らくさんと他の審査員との大きな違いは、彼は漫才の経験がない、落語家だったということだ。いわゆる漫才師では全くない。漫才界、お笑い界を、落語界というすこし外れたところから見てきた人物。その審査が独特な香りに満ちていたのはある意味では当然だろう。逆に外から見てきたからこそ、自らの意見を堂々と発することができた。そうした言い方もできると思う。
 では、そんな志らくさんと入れ替わりに今回新たに加わる海原ともこさんは、はたしてどんな審査を見せるのか。今回の目玉は間違いなくこの人になる。志らくさんとは違い、こちらはバリバリの漫才師。漫才界の内側、その中心からこれまでの大会を見てきた人物だ。これまでの歩みや性別なども含め、言うまでもなく志らくさんとは全く異なる人物である。冒頭でも述べたが、筆者が今回の審査が大きく変わると考える理由だ。

 今回唯一の新審査員。その注目度はいやが上にも高くなる。

 海原ともこさん。その選出は少なくともそこまで意外な感じはしない。たしか1〜2年前、オール巨人さんと上沼恵美子さんの勇退が囁かれていた頃にはすでにその名前は候補として挙がっていたと筆者は記憶する。有力候補が満を持しての抜擢。そんな感じに見える。

 とはいえ、だ。海原ともこさんのその詳しい芸風や人となりなどが広く世間に知れ渡っているような感じはあまりしない。これが率直な印象になる。
 もちろんその存在は知っている。吉本興業に所属する姉妹漫才コンビ、海原やすよ ともこの姉の方で、M-1を主催する朝日放送テレビ(ABCテレビ)を含む、大阪では数多くの冠番組を持ついわゆるMCクラスの芸人だ。同期にあたるのはNSC大阪11期生(陣内智則、中川家、ケンドーコバヤシなど)。関西では数多くの賞を受賞するなど、その実力も折り紙つき。さらに言えば、漫才師の家系に生まれた由緒正しい芸人。ざっとあげればこんな感じになるが、繰り返すが、そんなベテランの有名芸人の割に全国的な知名度は決してそこまで高い感じがしない。その露出及び知名度においては、関西とその他ではかなりの差がある。中川家、博多華丸・大吉、サンドウィッチマン、ナイツらと比べればその違いは鮮明になる。

 岡山県在住の筆者がそうなのだが、海原やすよ ともこの姿をテレビで目にする機会は決してそれほど多くないのだ。大袈裟に言えばほぼ年に1回、年末のTHE MANZAI(フジテレビ)くらいに限られる。その他の全国区の人気番組で見る機会もごく僅か。全国区かローカルか、あえてどちらかと言えば後者に属するタレントとはこちらの印象になる。そうした人物が今回、M-1というお笑い界の今後の方向性を左右するかもしれない重要な大会の審査員というポジションに抜擢されたわけだ。その審査に注目したくなるのは当然だろう。誰にどんな点数を与えるのか、そしてどんなコメントを吐くのか。これまで大阪を中心に活動してきた人物が全国のお笑い好きの視線が一斉に集まる中、はたしてどんな姿を見せるのか。見ものだと思う。

 その審査員としての力量ははたしてどれほどか。そのポイントとなるのは、ズバリ自信だ。どれくらい自分に自信がありそうか。それは審査を見れば早い話、すぐに判明する。自信がある人はその点数に合った自分の意見をハッキリと述べることができる。逆に自信がない人は、ありきたりで刺激のない話に終始する。そのコメントと与えた点数に整合性がないことも少なくない。前回の山田邦子さんの審査がまさにそんな感じだった。

 今回初めて女性審査員が2人となる決勝の審査員。経験豊富な他の5人(男性)の審査員はどのような審査をしそうなのか、すでにある程度は分かる。注目すべきは2回目の山田邦子さんと、今回が初となる海原ともこさん。少なくとも僕はそう思っている。海原ともこさんの審査も気になるが、前回に引き続き審査員を務める山田邦子さんの審査も個人的にはそれ以上に気になる次第だ。初めて審査員を務めた昨年は少々おかしくてもある程度は大目に見ることはできたが、2回目となる今回はさすがにそうはいかない。納得度の高い、それなりにハイレベルな審査が求められる。その審査にとくと目を凝らしたい。

 ファイナリストが決定した直後にも述べたが、今回のファイナリストは極めて接戦、差は紙一重だと僕は見ている。運命を分けるのは笑神籤と審査員とは筆者の見立てだが、審査員のなかでも特にその鍵を握っているように見えるのが、経験の浅い2人の女性審査員になる。山田邦子さんと海原ともこさん。接戦のファーストラウンド終盤、そして最終決戦において、この2人の審査が結果を大きく左右する展開となるのか。筆者は大接戦を予想しているだけに、その1点、その1票が命運を握りそうな気がしてならない。審査員のなかでもとりわけ注目したい2人なのである。

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