敗者復活戦の審査方法はなぜ変わったのか。想起せずにはいられない5年前のミスジャッジ

 いよいよ明日に迫ったM-1グランプリ2023決勝。今大会、大きく変わったことは主に2つある。ひとつは審査員の変更。前回まで5年連続審査員を務めてきた落語家の立川志らくさんが勇退し、その後任として海原やすよ・ともこの海原ともこさんが新たに加わったこと。そしてもうひとつは、敗者復活戦の会場、及びその審査方法が大きく変わったことだ。

 M-1が復活した2015年以降、審査員の顔ぶれはこれまでも何度か変わってきた経緯がある。もちろん7名中1人が変わるだけでも影響は大きいと僕は考えるが、松本人志さん以外の人物であれば、誰が変わってもそこまでの驚きは特にない。松本さんがいる間は少なくとも大会の威厳は十分保つことができる。

 だが、敗者復活戦の審査方法が変わるのは、大会が復活してから9年目にして今回が初めてとなる。審査員の変更より確実に大きな変化というか、個人的には少し意外な発表だった。これまで8年間も同じやり方を続けていたところに、今回突如としてメスを入れたわけだ。そこに運営側の何らかの思惑というか、強い意志を感じたのはおそらく筆者だけではないだろう。

 これまで(2015〜2022年までの8大会)の敗者復活戦の審査方法をひと言でいえば、いわゆる「国民投票」だった。視聴者が選んだ芸人、その票数が最も多かった1組が復活するという、ある意味ではシンプルでわかりやすいルールになる。

 ところが今回のルールはそんなこれまでの審査方法とは大袈裟に言えば全く違う。その審査方法は以下の通りだ。

 『まず、21組を7組ずつの3ブロックに分け、各ブロック2組目以降のネタ終了後に会場の観客からランダムで選ばれた審査員500名の投票による勝ち残り方式で、各ブロックから1組ずつ、計3組が最終審査に進出する。最終審査では、その3組の中で最も面白かったコンビを芸人審査員が投票。得票数が最も多かったコンビが、敗者復活組として決勝戦に進出する。』

 今回敗者復活戦に出場する21組のうち、3組までをその日の現場にいる観客の投票で選出し、その3組から最終的に1組を芸人審査員が選ぶ。ざっくりと言えばこんな感じになるが、早い話、筆者のように画面越しにその模様を視聴する人が関与することは今回全くできない仕組みになっている。現場にいる観客と、プロの芸人による審査のみ。これまでとはまさに正反対の選出法とは率直な印象である。

 なぜ今回、審査方法は大きく変わったのか。その理由を考察する前に、まずは過去8大会で敗者復活戦を勝ち上がった、その復活コンビをそれぞれ挙げてみる。その顔ぶれは以下の通りだ。

・2015年 トレンディエンジェル (次点とろサーモン)
・2016年 和牛 (次点ミキ)
・2017年 スーパーマラドーナ (次点ハライチ)
・2018年 ミキ (次点プラス・マイナス)
・2019年 和牛 (次点ミキ)
・2020年 インディアンス (次点ゆにばーす)
・2021年 ハライチ (次点金属バット)
・2022年 オズワルド (次点令和ロマン)

 国民の票を最も集めた各年の勝者に加え、それに惜しくも及ばなかった次点(2位)のコンビもあえてそれぞれ挙げてみた。すると、割と同じ名前のコンビが多いことにふと気付かさせる。和牛、ハライチ、ミキ……。いずれも過去に決勝の舞台を踏んだ言わずと知れた人気コンビである。さらにもっと言えば、上記で挙げた延べ8組の復活コンビ全てがファイナリスト経験組で占められている。和牛、スーパーマラドーナ、ミキ、インディアンス、オズワルドはいずれもその前年のファイナリストで、2021年に選ばれたハライチも過去4回の決勝経験のある超有名コンビだ。この中でトレンディエンジェルだけは唯一M-1ファイナリストの経験こそなかったものの、M-1の代わりとして行われていた前年(2014年)のTHE MANZAI 準優勝コンビだったため、実質的にはほぼ優勝候補というか、ファイナリストと呼んでもおかしくない存在だった。

 何が言いたのかといえば、大会が復活した2015年以降、敗者復活戦で勝ち上がっているのはいずれも(決勝経験のある)有名コンビばかりだということだ。かつてのサンドウィッチマンやオードリーのような、いわゆるダークホース的なコンビはこれまで1組も選出されていない。

 その理由は簡単だ。「視聴者投票」であるからに他ならない。この視聴者投票であれば、極端な話、ネタが面白くなくても投票すること、もしくは投票を集めることが可能になる。

 「ネタは正直イマイチだったけど、このコンビが好きだから決勝に上げたい(決勝で見たい)」。例えばこのような理由で投票したことがある人は、これまで決して少なくないと思われる。何を隠そう、筆者にもその経験がある。2016年の敗者復活戦。当時大ブレイク中だったメイプル超合金を筆者は投票可能な3組のうちのひとつに入れたことがあるが、彼らのネタの出来自体は、率直に言えばとても上位3組に入れそうな内容ではなかった。「結果はともかく、もう一度決勝で見てみたかった」。「いまのカズレーザーが決勝に出れば面白そうだ」。筆者が投票した理由は今振り返るとこんな感じだったと思う。

 繰り返すが、メイプル超合金が敗者復活戦で見せたネタそのものは決してそれほど良くなかった。にもかかわらず、敗者復活戦では和牛とミキに次ぐ3位という、比較的惜しいとこまでいっている。しつこいようだが、ネタはいまひとつ物足りなかったにもかかわらず、である。

 人気があったから。ハッキリ言ってしまえば、票が集まった理由はこれしかない。当時のメイプル超合金はその年(2016年)のブレイクタレントランキングで第1位に輝くなど、いわば最も旬なコンビだった。その時テレビでの露出が最も多かったコンビと言い換えてもいい。そうしたコンビが知名度の低い芸人が数多い敗者復活戦に出場すれば、注目するのは当然。票を集めやすいに決まっている。

 極論すれば、ネタを見ていなくても投票自体はできる。従来の審査方法の問題はここにあった。それなりに熱心に視聴しているお笑い好きも、敗者復活戦の戦いにほとんど目を通していない人でも、同じ1票。そうなれば、知名度の高い、すなわち人気のある芸人が選ばれる確率は自ずと高くなる。上位がファイナリスト経験組ばかりになるのは必然。俗に言う無名の実力派がどれだけ頑張っても、選ばれる可能性は限りなく低い。過去8回の結果を見れば、それは誰にでもわかる話だ。

 ようやく運営側が動いたとは、今回の敗者復活戦のルール変更を知った際のこちらの率直な感想だ。実際そのニュースが出た直後には、(ルール変更の)要因は最近行われた敗者復活戦にあるといった記事もよく見かけた。規定のネタ時間を大幅に超えながらも選出されたハライチ。前回選出されながらも決勝では全く振るわなかったオズワルド。その人気を武器に選ばれた感のあるコンビが決勝で活躍できていないことも、審査方法のルールが大幅に刷新された大きな理由のひとつだと考えられる。

 オズワルドが復活した前回の敗者復活戦。そこで最も面白いネタを見せたのは2位の令和ロマンだったとは、筆者はこの欄でもこれまで何度か述べている。昨年もし令和ロマンが選ばれていれば少なくともオズワルドよりはやれたんじゃないかと思うが、そんな令和ロマンは今回晴れて初のファイナリストに名を連ねることに成功。昨年味わったその鬱憤を見事に晴らした格好だ。前回もそれなりに可能性はあったが、初決勝となる今回のほうがその新鮮さも含め、好成績を収める可能性は高くなる。公式サイトの優勝予想ではさや香に次ぐ2番人気につけるなど、初出場とは思えないほどその前評判は高い。優勝を争うコンビとなるのか、見ものである。

 これまで敗者復活戦で選ばれてきたのは知名度の高い人気コンビばかり。それはすなわち、実力はありながらも知名度や人気の低さによって視聴者の票を得られなかったコンビがこれまで何組もいたこととイコールだ。なかでも判官贔屓を擽られるのは、復活したコンビに敗れ、惜しくも次点に泣いたコンビだろう。その中でも特にこちらの印象に残っているのが、5年前の敗者復活戦に他ならない。

 2018年の敗者復活戦。ミキが選出された時、エッと一瞬、目を疑った。プラス・マイナスではないのかと。投票結果はミキ・39万3189票、プラス・マイナス・37万5909票だった。

 決勝当日の夕方に全国放送されていたその戦いを見終わったとき、僕は高い確率でプラス・マイナスが復活するだろうと予想していた。そして最終候補の2組まで絞られた際には、その復活は間違いないとほぼ確信した状態だった。「ミキよりよかったのは明らか」。「プラス・マイナスが復活すれば絶対に面白くなる」。だが復活をはたしたのは前年決勝3位のミキで、ラストイヤーだったプラス・マイナスはこの舞台を最後にM-1を卒業する格好となった。

 復活したミキの決勝での順位は4位。ファーストラウンド10番目に登場した和牛に最後の最後で蹴落とされるという、それなりに惜しい結果ではあった。だが、もしミキではなくプライ・マイナスが復活していれば、はたしてあの大会はどうなっていたか、僕はいまもなお思い巡らせてしまう。
 繰り返すが、プラス・マイナスのほうがミキより断然、面白いネタを披露していた。この2018年の決勝はあえて言えばパッとしなかったというか、いま振り返ればレベル的にも決してそこまで高くなかったとは率直な印象になる。プラス・マイナスがあの時選ばれていれば、少なくとも決勝の最終決戦まで進出できたと僕は思う。その2本目次第では、霜降り明星の優勝はなかったのではないか。M-1の歴史はもちろん、お笑い界の流れも大きく変わっていた可能性は高い。少なくとも僕はそう思っている。

 賞レースの結果が報われない芸人はこれまで数えきれないほどいるが、復活期以降のM-1ではこのプライ・マイナスの一件がやはり1番にくる。復活していれば優勝の可能性さえあったコンビ。さらに彼らがその時ラストイヤーだったということも、よりその不運や不遇を際立たせる大きな要因になっている。
 例えば2015年に次点に泣いたとろサーモンは、その2年後には悲願の決勝進出をはたし、それも優勝をはたしている。その他の次点に泣いたコンビで言えば、2021年の金属バットは今年行われたTHE SECONDでは決勝進出を果たしており、先述の令和ロマンも今年のファイナリストに見事名を連ねている。次点に泣いたその後の成績や、仮に復活をしていた際の決勝での可能性という点から見ても、これまでにおける1番の判定ミスは、2018年の敗者復活戦。ミキに投じた人はなぜその時、プラス・マイナスではなかったのか?年を重ねる毎にミスジャッジとしてその思いは絶対的なものになっている。

 今回の敗者復活戦のルール変更は前回のオズワルドの選出がそのきっかけに見えなくもないが、少なくとも僕的には2018年のミキ(プラス・マイナス落選)のほうが間違い度合いで言えば最も大きなものになる。そのルール変更は少し遅すぎると言わざるを得ない。時の人気者が選ばれやすい、その正当性の低い審査の傾向はすでに5年前から見えていたはずなのだ。

 審査方法が大きく変わる今回の敗者復活戦がどうのような結果になるのかは見てみないことにはわからないが、少なくともこれまでより大きな間違いが起こりにくい方式であることはたしかだろう。第2のプラス・マイナスが現れないことを祈るばかりである。

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