見出し画像

シェールオイルに黄信号 価格下落で投資が停滞

ペルシャ湾では今年5月に4隻、6月に2隻のタンカーが吸着式水雷による攻撃を受ける事件があった。米国は「証拠映像」を公開し、「イランに責任がある」と名指しで非難。さらに米軍のドローンが撃墜されたことを受けて、一時は決定された軍事攻撃をトランプ大統領が10分前に止めたという。また、7月にはジブラルタル沖でイラン産原油を輸送中のタンカーを英国海兵隊特殊部隊が拿捕し、後にタンカー船長を逮捕。イラン政府は英国のタンカーに対して報復すると警告している。

このように中東では主に米国とイランを巡って極めて激しい対立が続いているが、米国がこのように強気に出られるのも、原油価格がそれほど暴騰しないのも、その背景には近年の世界の原油生産の増分を支えてきた米国の原油生産、特にシェールオイル生産の堅調な伸びがある。

しかし、実はそのシェールオイルに黄色信号が灯り始めている。エネルギー調査会社Rystad Energyが米国のシェール会社を調査した結果、2019年に入り経営が悪化する企業が多く、第1四半期にキャッシュフローがプラスになったのは40社中4社のみで、状況は2017年第4四半期以降最悪だという。

その原因は、投資資金がシェール企業から引き上げていることにある。米国の原油先物価格WTIは、世界景気不安などの影響で2018年10月から12月にかけて75ドル/バレルから45ドル/バレルまで下落したが(図)、それをうけて多くの投資ファンドがシェール企業に対するキャッシュを引き締めてしまった。

その後、原油価格は65ドルまで回復したものの、資金は戻って来ていない。かつて投資ファンドやジャンク債などのリスクマネーがシェール企業に注ぎ込まれたが、2015年以降の原油価格下落により「シェールバブル」が弾け、170社以上のシェール企業が破産を宣言した。そのために、投資資金は今までにも増して原油価格下落に対する警戒心が強く、かなり慎重になっているようである。また、FRBによるこれまでの利上げも資金調達を難しくする遠因になっている。

また、安いと言われてきたシェールオイルだが、水平により長く掘る、一箇所から何層にも掘るなどの技術革新の効果は限界に達しつつあり、最近ではむしろ生産量増加に伴う機材や人件費の高騰が目立つようになっている。ダラス連銀が発表するシェールオイルの採算分岐価格は1バレルあたり40~50ドルと、既に在来型原油と変わらない水準である。

シェールオイル企業は今年に入り開発投資を大幅に削減し、掘削活動の水準を示すリグカウントは昨年末の880をピークに780まで下落している。既に8つの企業が破産ないし破産宣言を行っており、一部ではレイオフも始まっている。

一方、シェールオイルの生産においては、掘削済未生産井(DUC)と呼ばれる掘削後に生産開始をせず温存してある井戸が8千カ所以上在庫のように積み上がっているため、掘削活動が停滞しても即生産量の低下にはならず、しばらくの間は増産が続くという見方もある。ただし、足下の米国原油生産量を見ると、4月に1220万バレル/日で「史上最高」「世界最大」を記録した以降は横ばいが続いている。また、前年比の増分を見てみると2019年の1〜2月頃がピークのように見える(下図)。

米国原油生産量の前年比増分(週次)とWTI (EIAデータより筆者作成)

投資資金の動きを見ていると、現在の60ドル/バレル前後の原油価格は、リスクとキャッシュリターンの兼ね合いから不十分と判断されていると考えられる。従って、シェールオイル企業がこの苦境から脱するには、最低でも70-75ドル/バレルの水準が必要ということになるが、筆者の見立てでは、中長期的に原油価格がこの水準以上に上昇する可能性は低いと考えている。なぜなら、近年における原油先物価格のトレンドを最も大きく動かすのは共有側よりもむしろ需要側の変化(およびその予測)であり、最近はその需要面の不安材料が多いからである。

例えば、これまで世界の原油需要を牽引してきた中国経済をみると、米中貿易戦争を受け、製造業の業況を示すPMI(購買担当者指数)が今年に入ってから「悪化」を意味する50割れの状態が続いている。また、国内自動車販売台数も6月まで12ヶ月連続で減少中である。一方、原油輸入量は4月に過去最高の1060万バレル/日と報じられたが、その後の5月分、6月分は920万バレル/日、840万バレル/日と、毎月約100万バレル減少しており、いよいよ需要の伸びに陰りが出てきているようにも思える。そのような背景により、IEA(国際エネルギー機関)やOPEC(石油輸出国機構)など主要機関による世界原油需要予測が軒並み下方修正されている。

また、最近の原油市況は地政学的リスクに鈍感で、よほどの物理的途絶がない限り、ちょっとした緊張の高まりやテロや紛争が起きたくらいでは原油価格は反応しない。したがって、中東で米国とイランによる大規模な紛争が勃発し、長期的な石油供給の途絶が起きでもしない限りは、原油価格の上値は重い展開が続くと考えられる。

そうなると、シェール企業への資金引き上げは継続する可能性が高い。上述したようにDUCという在庫があるため、すぐに生産量が減少するということは無いだろうが、開発投資停滞の影響は1~2年のスパンで出てくるだろう。

(EP REPORT 2019年7月21日1957号から許可を得て転載)

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?