見出し画像

水圧破砕禁止に危機感

米国石油産業の業界団体であるAPI(アメリカ石油協会)は2月27日、「危機に立つアメリカの進歩」と第するレポートを発表した。その内容は、シェール開発で用いられている水圧破砕技術が仮に全面禁止された場合、米国経済にどれほど大きな経済的損失がもたらされるか、というものである。

レポートによると、水圧破砕技術が禁止された場合、2022年までに750万人の雇用が喪失、2030年までに累積7.1兆ドルのGDPが失われ、家計は収入が年間5,400ドル減る一方でエネルギーコストが500ドル増加、農家の収入が43%減少、再生可能エネルギーが増えても今より40%多くの石炭が燃やされ、石油と石油製品の純輸出国から40%の純輸入国に転落するという。

昨年12月にも、米国商工会議所が支援するシンクタンクであるグローバルエネルギー研究所が同様の趣旨のレポートを発表している。こちらは2025年までに1900万人の雇用と7.1兆ドルのGDPが失われるいう、さらに過激なものとなっている。

米国の産業界からなぜこの様な声が出てくるのかと言えば、2020年の米国大統領選において、水圧破砕技術の即全面禁止を訴えている候補者の当選が有力視されつつあるからである。そのため、この問題が大統領選におけるエネルギー政策の争点の一つとなっている。

昨年9月、民主党指名争いの有力候補者の一人であるエリザベス・ウォーレン上院議員は「大統領就任の初日、(中略)私はあらゆる場所での水圧破砕を禁止します。」とツイートした。

そして、その5日後、もう一人の民主党有力候補であるバーニー・サンダース上院議員もまた、「 気候危機を回避するには、水圧破砕を禁止する必要があります。」とツイートした。

昨年2月、民主党議員等が取りまとめた温暖化対策の決議案「グリーン・ニューディール」は、2030年までに100%クリーンエネルギーでまかなうという目標など、その”意欲的”な内容に注目が集まったが、民主党の候補者の殆ど全員がこの政策に賛同し、それぞれがなんらかの意味で水圧破砕技術に抑制的な態度を示している。

例えば、トゥルシー・ガバード氏は前出の二人と同様に全面禁止、ジョー・バイデン氏は公有地のみ禁止、マイク・ブルームバーグ氏は段階的な廃止、ピート・ブティギエック氏(3月2日に撤退との報道)はできるだけ早く禁止、エイミー・クロブチャー氏は就任100日間でどれを停止させるか決める、といった具合である。

バイデン氏が公有地に限定して言及している様に、現実的に大統領の権限が及ぶのは公有地、しかも連邦政府所管の土地のみであるという見方がある。実際、米国ではエネルギー政策に関する権限の殆どは州政府に帰属しているため、連邦政府が石油・ガス開発に介入できるのは連邦政府所管の土地での開発に限定される。

従来、石油・ガス開発における連邦政府所管地の割合はわずかで、その意味においてこうした政策はこけおどしでしかないと考えられていたが、近年ではシェールオイル開発で残る有望開発地域に連邦政府所管地が多かったり、連邦政府所管の沖合の海底油田開発が増えているなど、必ずしも無視できない状況になっている。特に、現在最も主力のシェールオイル開発地パーミヤンでは、その主力がテキサス州西部の私有地からニューメキシコ州の連邦政府所管地にシフトしつつある。

RBCキャピタル・マーケッツが昨年10月に発表した「水圧破砕禁止の余波」というレポートによると、主な石油企業の生産活動のうち連邦政府所管地の割合は、平均で15%で、企業によっては98%というところもあった。

さらに、Concho Resources社など一部の開発事業者は、早ければ2021年に始まる可能性のある規制の前に駆け込もうと、あえて連邦政府所管地での開発を増やしている。

ウォーレン氏やサンダース氏などは水圧破砕の全面禁止を訴えているが、それがどの様な権限とロジックで行われるものなのかは明らかではない。例えば大統領は輸出入の許可や州を跨いだ取引、あるいは一部の環境規制などであれば介入できる(既にサンダース氏は家と学校からの距離で規制する案を提示している)。その為、石油業界があらゆる可能性に備えてロビー活動を行っているのである。

水圧破砕技術はシェール開発に限定されたものというより、既に米国の石油・ガス開発になくてはならないものである。EIA(米国エネルギー情報局)のデータによると、米国における石油ガス掘削活動に占める水平水圧破砕技術の割合は、2004年頃から急増し、2016年に80%を超えている(図)。最新の数字では既に95%以上が水圧破砕による掘削と言われていて、もし全面禁止が実現すれば事実上営業停止レベルになる。

スクリーンショット 2021-01-02 18.36.11

一方、現在米国の石油産業は米中貿易摩擦、新型コロナウィルスの影響等による石油需要の低迷、原油価格の下落などで苦境にあえいでいる。一部の石油メジャーにとっては、こうした水圧破砕の規制の部分的な導入であれば、原油価格が上がることによるメリットの方が大きくむしろ福音であるという見方もあるというのは、なんとも皮肉な話だ。

(2020年3月11日発行のEPレポート1977号より許可を得て転載)

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?