独仏の電力輸出入の問題
まとめ
・河野氏は「ドイツはフランスに電力を輸出している」と指摘
・物理的にはドイツはフランスから電力を「輸入」している
・フランスからドイツに入った電力はドイツを通過しているだけで、殆どはドイツが購入せず、周辺国が買っている
・ドイツ国内の電力料金はフランスの2倍だが、周辺国にはフランスより安く売っている
・ドイツ人が負担している再エネ賦課金の約3兆円のうち、0.74兆円は周辺国のために負担しているようなもの
・ドイツは電力調整力を次第に失いつつあり、周辺に調整の負担を強いている。
先日、衆議院議員の河野太郎氏のブログ「ドイツの電力輸出」で、
「ドイツは脱原発というが、隣のフランスから原子力の電力を輸入して脱原発している。電力料金も高くて困っている。」となぜか誇らしげに発言する議員がいます。
2015年にドイツはフランスに対して13.27TWhの電力を輸出し、3.84TWhの電力を輸入したことがわかります。差し引き9.43TWhの「輸出」超過です。ドイツはフランスの原子力の電力を使って脱原発をしているわけではないのです。
と述べているのを見て、ふむと思い、河野議員が出展として述べている"agora energiewende"のレポートを見てみた。
するとこのような図がp.27にあり、たしかにその通りでドイツがフランスに電力を輸出している。そして、河野氏とこのレポートによると、その理由は"ドイツはスカンジナビアに次いで電力価格が安い"からだと言う。
たしかに、p.29を見ると、スカンジナビアの電力価格が最も安く、ドイツは年間を通じてスカンジナビアに次いで安くなっている(注1)。フランスは殆どの期間ドイツより高い水準で推移している。
レポートでは、ドイツの電力輸出価格は年平均で3.2ユーロセント/kWhで、フランスは図から読み取るとおよそ平均で4.1ユーロセント/kWhとなる。
これらのデータからみると、たしかにドイツの電力はフランスよりも安く、だから周囲の国に多く買われていると解釈することが出来る。
ところが、Wedge Infinityに12月16日に掲載された山本隆三(常葉大学経営学部教授)による記事「電力自由化がもたらす天国と地獄」の3ページ目にある表1を見ていて「?」となってしまった。
このデータだと、ドイツはフランスから電力を輸入していることになる。果たしてどちらが正しいのか。何が違うのか。
agora energiewendeのレポートも、山本先生の記事の表も、どちらもデータ元は"ENTOS-E"とある(注2)。
そこから直接データを拾ってみたら、若干の数値の違いはあったが、山本先生の表1は電力の輸出入統計のうち、"物理的なフロー"に相当することが分かった。一方、agoraの方のp.27の図には、備考欄に「商取引上の輸出入で、物理的なフローではない」と書いてある。
つまり、フランスは電力の物理的な輸送量としては対ドイツで輸出超過であるが、ドイツは単に電気の通過国に過ぎず、その電気はドイツを通り過ぎてさらに周辺国に流れて売られているということになる。そして、商取引上はドイツ人はフランスの電気を買っているわけではなく、一方フランスに対しては売っているので、輸出超過となっているわけだ。
河野氏は、経産省がうそをついていると述べているが、電力の流れだけで見れば、フランスはドイツに電力を物理的は「輸出」しており、必ずしもうそというわけではない。ただし、状況はかなりややこしい。
それでは、冒頭の「ドイツは脱原発というが、隣のフランスから原子力の電力を輸入して脱原発している。電力料金も高くて困っている。」という言い方に対して、どの様に回答すればよいのだろうか。
まずは、フランスとドイツの2カ国を中心にENTOS-Eのデータを使って、対周辺国に対する電力のネット(純)の物理的な電力輸出入量を地図上に表現してみた。
すると、フランス、ドイツともおしなべて周辺国に電力を輸出しており、先ほども述べた通り仏独間ではフランスからドイツの向きに流れている。よくドイツは脱原発で電気が足りなくならないのかと言う議論を見るが、むしろ困るのはドイツから電力を輸入している国だろう。因みに、フランスは今年点検のため一部原発が止まっており、そのせいでイギリスの電力価格が高騰しているいう話が、山本先生の記事にある。
河野氏のブログを読むと、「フランスはドイツより電気が高いので仕方なくドイツから電気を買っている」ということになるが、電力供給の物理的フローから言えば、「ドイツは純輸出量の51.8TWhのうち、10.7TWhはフランスから調達している」とも言える。
そして、次の問題は「ドイツの電力は再生可能エネルギーで高くなっていると言われているのに、なぜ"安い"という理由で買われているのか」という問いだ。
まず、ドイツにおける電力価格だが、agora energiewendeの図は見にくいので、数字を拾って書き直してみたのがこの図だ。
ドイツ家庭用電力価格の構成と推移
再エネ賦課金(EEG割増)の額が急激に増大し、電力価格上昇の主要因になっていることがすぐに分かる。2016年の見込み値でみると、家庭用料金の29.5セント/kWhのうちの22%に相当する6.2セントが再エネの為にドイツ国民が追加で支払っている金額になる(日本は現在約8%)。他にも額はまだ僅かだが、洋上風力保証割増、緊急時遮断保証割増なども再エネ導入に関連するコストとして、近年追加されている。
河野氏は、
その内訳をみると発電や送配電のコストの合計は5.9ユーロセント/kWhだったものが7.1ユーロセント/kWhに上がっているだけで、あとは賦課金や税です。
と述べているが、その「あとは」の方が全体の3/4を占めていて重要である。
河野氏のブログを読むと、あたかもドイツの方がフランスより電気が安いような錯覚に陥るが、実際はそんなことはない。石川和男氏のブログによると、ドイツとフランスの電力料金を比較すると、家庭用・産業用ともにドイツはフランスの約2倍で推移している。それを無視して、輸出時の価格である3.2セントと4.1セントを比較して何の意味があるのだろうか。
2015年のドイツの消費者が支払った再エネ賦課金の総額はおよそ3兆円(1ユーロを122円で換算)とされている。一方、商業取引ベースでの総電力輸出量は978億kWhで、仮にそこに6.2セント/kWhの賦課金がかかったとすると、0.74兆円分に相当する。
つまり、再エネ賦課金を再エネの発電コストと捉えれば、3兆円のうち約0.74兆円は、安い電力をドイツから買っている周辺国にばらまいている(ドイツ国民が代わりに再エネ賦課金を負担している)のと同じと考えることもできる。
また、河野氏は、
そしてこのエネルギー改革はとても重要だ、重要だという割合は常に90%を超えていて、ドイツ世論が支持していることがわかります。
とも述べているが、一方、環境省が昨年度に行った調査において、ドイツ人に対して1世帯(3人家族)あたり月々いくらまでなら再エネ賦課金を許容できるかをアンケートで聞いている。
ドイツ人の再エネ賦課金の許容金額(1ヶ月1世帯当たり)
この結果からすると、既に2016年の再エネ賦課金はモデル家庭で20ユーロ(約2500円)を超えていると思われるので、全ドイツ人は現在のレベルの再エネコストは許容出来ないということになる。
また、
また3月20日、部分日食が起きて全土で太陽光発電の出力が急激に変化した日でも電力供給には問題がなかったそうです。
とも言っているが、最初の輸出入の図を見てわかる通り、チェコなど純輸出入は殆どないが、調整用と思われる電力のやり取りが相当ある。ドイツは次第に電力調整力を失っていて、周辺国に負担を強いている。
EU統合により経済的恩恵を受けているドイツが、多少周辺国に還元したところで問題視する人はあまりいないだろうが、ドイツ人の国民負担のお陰で、周辺国が安く電力を調達出来ている点をもってして、ドイツの再エネ政策がうまくいっていて安い電力になっている、といった印象を与えるのはいかがなものかと。
このことは、つまりは補助金漬けで安くなった農産物が海外でも売れているのと同じことである。計算上安くなるドイツ電力のせいで、自動的に国内の電力事業が窮地に立たされる国も出てくるだろう。
化石燃料なきあとの世界では、自国の再エネ開発こそ、エネルギー安全保障の肝である。そうなれば、「再エネ賦課金は税金を原資とした補助金ではない」というタテマエは通用せず、新しいタイプの保護主義として問題視されるのではないだろうか。
注1) "スカンジナビア"を指すと思われる"Nordpool"とは、スウェーデン、ノルウェー、フィンランド、デンマークの北欧4カ国による電力取引所のこと。また、"ドイツ"を指すと思われる"DE-AT"とはドイツおよびオーストリアの意
注2)ENTOS-Eとは、the European Network of Transmission System Operators for Electricity(欧州送電系統運用者ネットワーク)の略で、2009年に発足した欧州34カ国の電力系統運用機関の取りまとめを行っている組織である。
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