スクリーンショット_2019-03-07_19

「サイエンス」は「アート」でしょ

「サイエンス」や「アート」という言葉は、それ自体に魅力的な響きがあり、つい「サイエンスが大事」であるとか「それはアートだね」などと使われがち。

しかし、ビジネスの場面で「経営とはサイエンスではなくアートである」などと言われると、私などはついついカチンときてしまうのである。

それは、「アート」と「デザイン」、「経営」と「マネジメント」、「サイエンス」と「テクノロジー」、という似て非なる概念の違いを考えればわかることだと思っている。

前者の「アート」「サイエンス」「経営」は、人間が内的な動機付けにより不確実なものに挑戦する営みであって、従って誰がなぜその営みを行ったかが重要になる。そして、不確実な挑戦であるということは、合理的に説明できないものを求める、つまりある種の「美しさ」を志向しているといえる。

それに対し、後者の「デザイン」「テクノロジー」「マネジメント」は、基本的に世の中にとって必要なものと言う外的な動機付けによって行われる営みで、従って結果として多くの人に評価される事がより重視される。金銭的な実利を志向している為、多くの場合ある程度の合理的な説明が必要とされ、従って取るリスクはマネジメントされている。

画像1

「経営はサイエンスではなくアートである」と言った時、恐らく意味したいことは、「サイエンスのように合理的・論理的に考えるだけでは経営はできない、経営も時には合理性や論理性を超えたアーティストのようなセンスを持たなければならない」というようなことだろう。しかし、私にとって「サイエンス」とは合理的・論理的な冷たい営みではなく、むしろ最も「アート」に近い人間的な営みの一つなので、そんな風に言われてしまうと「サイエンス」の良さや特徴の誤解が広まっていくかのような気がして、どうも納得がいかないのである。

経済成長期は、先代が作ったビジネスモデルをうまく継続拡大させる能力(=「マネジメント」)が重要だったが、近年のように経済が停滞し、かつ変化の激しい不確実性の時代においては、不確実性に挑戦する真の「経営」が必要となる。その意味において、これからの時代、「経営」と「アート」に共通する特徴が重要だという主張は正しいと思う。もし「○○ではない」と言いたいのであれば、そこに入るのは「サイエンス」ではなくて、「合理性」、「論理性」、「テクニック」、「ファクトベース」、「ロジカルシンキング」、などといえばよいだろう。

もちろん、ここで対比した概念は必ずしも明確に区別できるものではない。「グレーゾーン」も存在するだろう。また、言葉の使われ方は自由なので、この分類に当てはまらない使われ方をされることも多い。

それでも、「サイエンス」が「アート」と対比され、冷たい合理主義の権化のような扱いをされることが、私にはどうしても悲しい。

そう、むしろ「サイエンス」は「アート」なのだ。


追記
最近、「アート」を「サイエンス」したり、「サイエンス」で「アート」したり、などと言う双方をいかにも融合したかのような取り組みがあるが、まぁ面白い試みだと思うが、大概の場合、正直両者の本質を外した筋違いな試みだなと思う。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?