陰茎骨の有無と交尾時間・配偶システムの関係について

最近、陰茎骨についての新しい研究結果の論文[1]、およびその解説記事「ヒトのペニスに「骨」がないのは、一夫一妻制のせい? 研究結果」が出たので、久しぶりにこのテーマについて調べてみた。

ペニスの形状は非常に多彩で、その進化の要因を説明するのは非常に難しい。

陰茎骨も同様で、同じ科目の生物であっても、種によって、その存在の有無、長さや太さ、形状の違いが大きく、種の判別に陰茎骨が使われていることすらある。

陰茎骨は、英語で言うとバキュラム(baculum)で、これはギリシャ語で「棒」の意味だが、解剖学的にはプリアーポス骨とも呼ばれる。プリアーポスとは、ギリシャ神話においてディオニュソスとアプロディーテーの息子のことで、男性生殖力の神、巨大な陰茎を持つ。

一般に、殆どの哺乳類のオスのペニスは陰茎骨を持つ。具体的には、アフリカトガリネズミ目(Afrosoricida)、ネコ目(Carnivora)、コウモリ目(Chiroptera)、ヒヨケザル目(Dermoptera)、ハリネズミ目(Erinaceomorpha)、サル目(Primates)、ネズミ目(Rodentia)、トガリネズミ目(Soricomorpha)の8つの目に見られる。クリトリスに骨を持つ種類もある。

陰茎骨を持つネコ目の中でも、糞から高級コーヒー”コピ・ルアク”を産出することで知られるジャコウネコや、ハイエナ科は陰茎骨を持たない。他にも、コウモリ目、ネズミ目にも例外があることが知られている。

長らくウサギ目は陰茎骨を持たないとされていたが、2014年、ナキウサギの一種(American pika)に1.58-2.13mmの陰茎骨があることが発見され、陰茎骨業界に衝撃が走ったことは記憶に新しい[2]。

サル目のなかでは、ヒトが唯一陰茎骨を持たないなどとよく言われるが、他にもメガネザル科、広鼻小目(いわゆる新世界サル)のいくつかの種(クモザル、ピグミーマーモセット、ゲルディモンキーなど)が陰茎骨を持たないことが知られている。

陰茎骨があると、勃起時間の継続が容易になるため、交尾時間を長くしてメスを他のオスに晒すリスクを減らすのに都合が良いと考えられる(長い交尾時間仮説)。他にも、チンパンジーは胎児の頃は陰茎骨がないことから、人間がネオテニーだから陰茎骨がないと考える説や、二足歩行に邪魔、など様々な仮説が提唱されてきた。

陰茎骨の有無や大きさと、配偶システムとの関係については、陰茎骨研究の大家とも言えるA. F. ディクソンの1987年の論文[3]で、配偶者が決まっていないタイプほど陰茎骨が大きくなると指摘している。また別の研究[4]では、交尾時間(正確には膣への挿入時間:intromission duration)と陰茎骨長の関係について、相関はあるがデータが不十分と結論づけていた。

今回の研究は、そのデータ不足を補い、しかもベイジアンマルコフ連鎖モンテカルロ法(MCMC)を用いて広汎な相関について分析を行っている画期的なものである。

研究結果では、陰茎骨の有無は交尾時間の長さと有意に相関があり(ベイズファクターで4.78)で、陰茎骨長も交尾時間の長くなる方向と共進化するものの、一度消失してしまうと交尾時間が再び長くなっても出現しないため、一概に言えないことがあることを示している。

主なサルの交尾時間が短いランキングと交尾時間、配偶システム、陰茎骨長([4]などを参考に筆者作成)

・ピグミーマーモセット 7.02秒 一夫一婦制(一妻多夫)陰茎骨なし

・チンパンジー 7.62秒 乱交 約7mm

・ボノボ 15.3秒 乱交、ポリアモリー 約7mm

・ゴリラ 1.6分 一夫多妻 約12mm

・ヒト 15〜18分(世界平均)主に一夫一婦制(一夫多妻、一妻多夫、乱交もあり)陰茎骨なし

これを見るだけでも、必ずしも交尾時間だけで決まらないことがわかるだろう。

一般に配偶システム(一夫一婦、一夫多妻、多夫一妻、乱交、ポリアモリーets.)の違いによる交尾後性淘汰(≒精子競争)の強さは、睾丸質量(testes mass)との相関が強いとされていて、今回の研究でも陰茎骨長と睾丸質量の相関は確認されなかった。

したがって、この記事「ヒトのペニスに「骨」がないのは、一夫一妻制のせい? 研究結果」のタイトルはミスリーディングである。必ずしも性淘汰の強さが、配偶システムや交尾時間とリニアになっているわけではなく、それぞれの中に複雑な性戦略の多形がある。

特にヒトのように社会性が高い生物においては、必ずしも生殖行動に関わる淘汰圧だけで決まっているわけではなく、オスメス間のコミュニケーション、関係性も影響している。

また、ヒトのペニスは霊長類最大で、かつ非勃起時も外側に目立つ形で露出しているため、シンボル的な要因も大きく効いており、正直、「睾丸の大きさや、一夫多妻制か一夫一婦制か、季節繁殖、膣への挿入の継続時間」等の要因だけでは説明出来ないように思われる。

動物行動学における進化の理由の説明の説得力を評価することはなかなか難しい作業である。ある説明はいかにももっともらしく聞こえたりするので、つい信じてしまいがちになる。こうした高度な統計処理をもってしても、必ずしも結論が出るわけではないが、間違った仮説を棄却することはある程度可能だ。今後も様々な分野で情報の力による分析が進むことだろう。怪しい仮説がどんどん消えていき、人類の無駄な時間を省いてくれることを期待したい。

[1]"Postcopulatory sexual selection influences baculum evolution in primates and carnivores", Matilda Brindle, Christopher Opie, Proc. R. Soc. B 2016 283 20161736; DOI:10.1098/rspb.2016.1736. Published 14 December 2016

[2]"Identification of the baculum in American pika (Ochotona princeps: Lagomorpha) from southwestern Alberta, Canada", Bill Weimann, Mark A. Edwards, Christopher N. Jass, Journal of Mammalogy Apr 2014, 95 (2) 284-289; DOI: 10.1644/13-MAMM-A-165, First published online: 15 April 2014

[3]"Baculum length and copulatory behavior in Primates", A.F. Dixson, American Journal of Primatology 13(1):51-60 · January 1987

[4]"A positive relationship between baculum length and prolonged intromission patterns in mammals", Dixson A, Nyholt J, Anderson M. 2004 . Acta Zool. Sin. 50, 490–503

[5]"Primate Sexuality: Comparative Studies of the Prosimians, Monkeys, Apes, and Humans", Alan F. Dixson (著), Oxford University Press, 2012



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