事件の後日譚
卯月弁護士事務所のとある1日ー。
「それで―、これって司祭シ・サイードが犯人ってことで良いんですよね?」
昼休みのひと時。
事務員の花宮真琴が、原稿を読みながら卯月和可菜に聞いた。
「うん、まあ、法律的な考えだとそうなるけど―、真相はおそらくケティーの自殺かな?」
おそらく?
先生が書いた小説なのにおそらくって、なんだろう? 昼休みは短い、気にせず話を続けることにした。
「自殺って、見習い侍女ケティーがですか?」
「そうね、行動だけを考えるなら司祭シ・サイードが犯人なんだけど、人の内心、思惑、動機を考えると事件の本質はケティーの自殺なんでしょう」
どういうことだろう、客観的な証拠も揃い、司祭シ・サイードも犯行を自供している。それで自殺って、分からない。
「わたしー、いや、賢者卯月が王女様に召喚されたとき、こんな話をしたの」
卯月和可菜はコーヒーを一口飲み、話を続ける。
召喚時の回想
わたしがファルス王国に召喚されるのはー、実は初めてではなかった。召喚されたとき「また…ですか?」と口にしたのは、そういう理由からだ。
そして今回、王女様から言われたのはー
「司祭サ・イードが犯人だった、という結論に導いて欲しい」
司祭を排除したい思惑が、王女様にあるのだろう。見習い侍女の死は王族にとって、政争の道具でしかない。
そして ≪犯人を見つけてくれ≫ という依頼ではなかったことで、わたしはこう、推理した。
王女様は、きっと、事件の真相を知っている。
きっと真相は、見習い侍女の自殺なのだろう。ファルス王国には ≪変身≫ のリングがあるくらいだ、死者の言葉を聞くことも出来るのかもしれない。
なぜならー
もし犯人が分からないのであれば、シンプルに ≪犯人を見つけてくれ≫ と依頼するはず。王宮内に、殺人犯を野放しにしておくことはできない。
もし犯人が分かっているのであれば、捕縛すれば良い。わたしを召喚する必要もない。裁判云々と言っていたが、王族権限でどうにでもなる世界だ。
少なくとも―
王女様は見習い侍女ケティーの死因を自死、と考えていたのではないか。
卯月和可菜の3つの疑問
1 銀製のロケットを失くしたケティーが騒がなかったのは、どうしてか?
2 ケティーが「あなたと一緒に旅立ちたいです」との手紙を(司祭で
はなく)侍女Aメイードに代筆を頼んだのはどうしてか? その手紙を自
室の机の上に置いたままにしておいたのはどうしてか?
3 小鳥を埋めたのは誰か?
ティールームの小鳥がいなくなったことを、誰も気が付かなかった。小
鳥はいつ、どのように死んでいたのか。また、誰が庭に埋めたのだろう?
卯月和可菜の推理
卯月和可菜はケティーの自殺と推理した理由を、花宮真琴へ語った。
≪推理≫
見習い侍女のケティーは、こっそりと司祭シ・サイードと付き合っていた。少なくともケティーはそう、思っていた。
それから、体調が良くない状態になった。きっと、生理も止まったのでしょう。「もしかして妊娠しているのではないか」と不安になって、シ・サイードに相談したと思う。
でも、シ・サイードはケティーに手を出していたことがバレることを恐れ、内心、ケティーが邪魔になった。でも、そんなことはおくびにも出さない。彼女を自殺に見せかけ、殺そうと思った。それで毒を仕込んだ銀製のロケットをプレゼントと称し、彼女に贈った。
そして「大切な身体なんだから、休暇を取って休んだ方が良い」と彼女に告げ、彼女はそれももっともだと受け入れた。
ケティーは銀製のロケットを身につけて仕事をするようになった。そしてこれは想像だけどー、ある日小鳥の世話をしているとき、胸から下がったロケットがたまたま小鳥の水飲み皿に入ったんじゃないかな。
ロケットが緩んでいて中の毒が水に染み出し、それで小鳥が死んだ。
多分、今まで元気だった小鳥が突然死んだのだから、ケティはそこで気が付いたのかもしれない。
銀製のロケットを新鮮な水に浸し、もう1羽に飲ませたのでしょうね。
だから小鳥は2羽死んでいた。庭に埋めたのはケティね。
それに追い打ちをかけたのが、医師の診察。ケティーを診た医者は、妊娠を否定した。きっと、お腹に子どもがいれば、ケティーもそんなバカなことは考えなかったかもしれない。自分1人の身だから、自分の命を賭けてみる気になったのだと思う。
ケティーはシ・サイードの神聖魔法【毒物感知】の効果を知っていた。だから、ロケットの中に毒が入っていることを知ったとき、シ・サイードの意図をなんとなく察したのだと思う。
だけど一方で、ケティーは自分の考えを否定したかった。
シ・サイード本人に聞くわけにはいかない。ケティーがお茶会の予行で紅茶を飲んだのは、きっと、シ・サイードの気持ちを確かめたかった、自分の思い過ごしであってほしかった、とそんな気持ちだったんじゃないかな。
ケティーが銀製のロケットを盗まれたとき騒がなかったのは、本当に、それどころじゃなかったのでしょうね。恋人からの大切な贈り物を失くしたのだから、本来ならみんなに話しても見つけ出したいと思うのが心情でしょ?
侍女Aメイードに「あなたと一緒に旅立ちたいです」と手紙の代筆を頼んだのは、何もなければ素直な自分の気持ちとして読めるだけの文章だしー、
もし自分が死んで、シ・サイードが捕まり処刑されたならば―、あなたに殺されたかもしれないけどそれでも一緒に(死地へ)旅立ちたい、と読める文章を(遺書として)残しておきたかったー、と想像するのは行き過ぎかな?
ともかくケティーは、紅茶に毒が入っていたことを知って飲んだという意味でだけど、自殺だった思うよ。
卯月和可菜がそこまで言って一息ついたところで、花宮真琴がしかめっ面でこう言った。
「卯月先生、そろそろ(現実の世界へ)戻ってきてください。お昼休みが終わります」
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