子どもたちのスポーツの環境に関して

まず、今回の佐々木選手の件、監督の判断を支持します。その前に、190球以上投げさせているのは如何なものかと思いますが。そして、これをきっかけに高校野球について議論され始めた事も良い傾向だと思います。この件に関して私が思っていることを4つの視点からまとめてみました。

① 子どもたちのスポーツをする環境で一番重要な事は「安心・安全」である
② 子どもたちは誰のためにスポーツをするのか
③ NPBはこの件に関してなぜ傍観しているのか
④ 上記の点も踏まえ、このままの仕組みでいいんだっけ?

それでは始めましょう。

第一の視点。大人が子ども達にスポーツをする環境を提供するうえで一番重要な事は「安心・安全」です。スポーツをすれば怪我をするリスクがあります。大人はそのリスクを最小限に抑えるための知識を持ち合わせていなければならないし、そのための施策を打たなければなりません。この「安心・安全」という前提はいかなる要素、例えば「勝利」、よりも優先されるべきものです。大人は子どもたちの心と体を守る必要があるという事です。当然です。今の甲子園を見て下さい。我々大人は子ども達の心と体を守ってあげられているでしょうか?皮肉なことに、大人たちは子どもにスポーツをやらせる事は心と体に良いと思っていますが、実際には逆の事をしている可能性があります。

第二の視点です。子どもたちはなぜスポーツをするのでしょうか?自分がやりたいから、楽しいからではないでしょうか?最初は誰のためでもないわけです。ところが年齢があがるにつれ、自分のステージが上がるにつれ「誰か」のためにプレーするようになります。

両親、親族、チーム、仲間、学校、地域、ファン、スポンサー、国・・・

プロとは何か?プロはプレーをすることにより金をもらえて、アマチュアは無償でプレーする。確かにそうです。しかし、別の見方も出来るように感じています。アマチュアの人でも他人のためにプレーし、その他人の輪が広がれば広がるほどプロと呼ばれるようなものに近づいていくのではないでしょうか。こう考えると今の高校野球はアマチュアなのかはなはだ疑問です。

大雑把な言い方になりますが、高校生を無償で戦わせてコンテンツ化し、その周りでビジネスをしている大人がいるという事です。ビジネスをしている大人やコンテンツを消費している大人にはこの巨大コンテンツの中心にいる高校生がその後どうなろうとあまり関係がなく、次から次へとヒーローが現れて毎年違う選手をとっかえひっかえ消費して忘れてしまえるわけです。

国民は「筋書きのないドラマ」を甲子園の中に求めているのかもしれません。であるならば、テレビのプロデューサーなどは自分たちで努力してコンテンツを作るべきでしょう。厳しい言い方をすれば、子どもたちがやっている大会に安易に乗っかって、そこをうまく編集してコンテンツにしてるだけともとれます。ギリギリ、児童労働にあたる可能性すらあるかもしれません。(児童労働:義務教育を妨げる労働や法律で禁止されている18歳未満の危険・有害な労働のこと、NGO ACEより)

大人たちが甲子園を魅力的なコンテンツに仕立て上げた事により、甲子園が子ども達や指導者にとって「魅力的過ぎる」存在となっています。「魅力的過ぎる」がゆえに、子どもたちの将来より今の勝利となっていくのだと思います。

第三の視点はNPBは何をしているのか、という事です。なぜこの件でNPBは何の発言もしないのか、何の行動も起こさないのか。自分たちの選手の供給原である子どもたちのスポーツに対して何も言わないのか。一部日ハムや楽天は自分たちのノウハウを指導者向けに発信しているのみです。(他にあったらすみません)

MLBやNFLが完璧だとは言いませんが、時間はかかっていますが、ピッチスマートや脳震盪の研究をしています。NPBは育成や子どもたちにはあまりお金をかけたがらない傾向にあります。あくまでも可能性としてですが、甲子園を目指さずにプロ野球選手になる道をNPBが自分たちで作る事なども出来なくはないと思います。

NPBとしては本来育成の部分を学校などに丸投げせずに、自分たちで投資すべきかもしれません。それを今まで全くしてこなかった。せめて、子ども達を守るためにNPBとして何らかのアクションをとって欲しいと思います。

第四の視点は高校野球及び他の子どものスポーツがそもそも今までの仕組みのままでいいのかという事。野球をやる子どもが全員甲子園を目指して、全員プロを目指す必要もないし、そうでない子もたくさんいるはずです。まず、プロ志望の人とそうではない人が同じ仕組みの中にいるのはどうなのかとも思います。

トーナメント方式が良いのかも議論すべきです。負けたら終わりのトーナメント方式が勝利至上主義に向かわせている側面があります。その他、日程の問題もあります。連戦にならないような日程の組み方も検討の余地がありそうです。

「もはや戦後ではない」と経済白書に書かれたのは昭和31年。その昭和はとっくに終わり、平成も過ぎ去り、令和の時代です。新しい時代は、誰か・何かを犠牲にして、皆が横並びで誰かに言われたことをわき目もふらずひたすらやり抜く時代ではありません。色々なバックグランドを持った方々が尊重しあいながら協力し、新しいものを作り出していく時代です。そんな時代にふさわしい人材育成をしていかなければなりません。スポーツはもちろん万能ではありませんが、そんな人材育成のための一つのツールになると思っています。そのための子どもたちのスポーツ環境を作らなければなりません。

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norimoto

University of Wisconsin La Cross大学院卒。アスリートにトレーニングを教える仕事に従事。パーソナルトレーナーを経て、阪神タイガースで通訳や営業の仕事に携わる。2005年スポーツに特化した人材紹介の会社RIGHT STUFFを設立。
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