TheBazaarExpress40,都市と地方をかき混ぜる~東北食べる通信・髙橋博之編(2015,03,10)

   昨年の秋、大阪にある辻調理師専門学校の教室で、刺激的な講演をする男に出会った。

「現在全国に27万人いる料理人は、本来の使命の半分の仕事しかしていないのではないですか?」

 ジーパンにサンダル姿。、料理界の教育関係者相手に挑発的にそう語ったのは、2013年夏に創刊されたメディア『東北食べる通信』の発行人・編集長の高橋博之(40)だった。野太いいい声をしている。その主張も明快だ。

―――漁師は最盛期の300万人から17万人に激減、40歳以下は2万人。農民の40歳以下は34万人。この壊滅的な状況の中で、料理人は自分の問題として何か行動を起こしているのか?

   高橋はこう続けた。

「プロの料理人には生産者と消費者を繋ぐ存在になっていただきたい」

   その言葉通り、高橋は連日東北各地を走り回って生産者と会っている。とある週のスケジーュルは東京-山形-会津-いわき-相馬-石巻-東松島-仙台。自宅のある花巻には、月に2,3度しか戻れない。各地で取材するのは、震災後都会の会社を辞めて故郷に戻り牡蠣の養殖を手がける漁師、水田の水を極限まで抜かない自然農法を行う米農家、被災地浪江で流された酒造を山形県で復活させた杜氏等。それぞれの人生を賭けた生産スタイルを、迫力ある写真付きでA3版の雑誌に編集する。読者は毎月送られてくる生産者の物語を読み、付録の生産物を味わう。

   14年11月号の特集は秋田の鰰(ハタハタ)だった。クール便で届いた魚の口に割り箸を突っ込んで、グルリと回転させて引くと腸がでてくる。そのゴツゴツとした感触は「自然」そのものだ。初めての体験に家族の会話も弾む。「うわ、ほんとに出てきた」「もっと力を入れて引っ張って」。都会のマンションに、突然浜風が吹き始めた風情だ。

   食べた後は、フェイスブックで生産者と消費者の会話が始まる。「うちではしょっつる鍋にしました」「唐揚げも美味しかった」「地元ではこんなふうに食べています」等々。消費者は生産者の顔が見えると、時に海が荒れて魚介類の発送が1カ月伸びてもクレームしてこない。「自然が相手だから仕方ない」「遅れたからって謝らないでください」というコメントが並ぶ。

   生産物のファンになれば、委託生産契約(CSA)を結んで応援団にもなれる。岩手県久慈市の短角牛の生産者のCSAマネージャーになったのは、その肉を食べてファンになった読者だった。

   生産者も、このコミュニティの出現を喜んでいる。東松島の海苔漁師、相沢太(33)が言う。

「いままでは食べる人の顔が見えなかったけれど、『食べる通信』で読者と出会えて、漁をしていてもその顔が浮かぶようになりました」

   このメディアの狙いを、高橋はこう語る。

「都会の消費者と地方の生産者を繋いで都市と地方をかきまぜたい。全国の農村漁村は都市生活者のふるさとになると思っています」

   当初口コミだけで始まった雑誌は、創刊号で読者400人、2号で800人と広がり、創刊1年半で目標だった1500人に達しようとしている。さらにコンセプトに共鳴した人が各地で立ち上がり、2014年には四国や宮城県東松島でも「食べる通信」が発刊された。2015年内にも十勝、下北半島、兵庫、山形、加賀能登等で発刊の準備が進み、「3年間で100カ所」の勢いで全国に広がろうとしている。震災後、被災地東北から生れた本格的なビジネスの第一号といっていい。

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