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組織にはなぜ「嫌われ者」が必要か

巨人の上原についてのこんな記事があった。

「時代の流れかもしれませんが『あれ、違うな』というのは感じていました。やっぱりみんな仲良すぎるんじゃないかな。勝っている時は別にいいんだけれど、負けている時に傷のなめ合いをしているような感じがね。このチームには嫌われ役がいないんですよ。はっきり物を言う人がいない。勝っている時は別にいいんだけれど、負けた時にどうするか、というのが強いチーム。負けに慣れるということが一番いけないことなんでね」
「みんなで自主トレしたり食事したり、それも悪いことじゃないんだろうけれど、僕の中では『違うな』というのがある。10年前は自主トレも仲間でやるっていうことがほとんどなかった。やっぱり、身内といっても敵。同じ練習をやっていても同じ分しか伸びないわけですから、いつまでたってもそいつには勝てないじゃないですか」

事業と組織を強くするために「嫌われ者」になる、というのは自分の重要な役割の一つと常々思っているので深く同意。

職場の同僚と私生活含めて仲良くなるのは悪くはないと思う。飲み会や週末一緒に遊びに行ったりすることで、互いの意外な一面を見つけて共感したりして関係が深まることは、仕事でのコミュニケーションを円滑にしてくれる効果がある。

ただ、上原が語っているように、仲良くなった結果として仕事で苦言を呈したり言い合えなくなるくらいなら、変に仲良くならない方がいいのではとも思う。

いい仕事、特に新しい価値を生み出す仕事をするには意見のぶつかり合いは避けられないし、もっと言うと仲良くなって日本的忖度が発生すると厄介。

私も色んな組織を見てきたけれど、私生活でも友達みたいに仲良くなった人たちが、職場でガチンコで意見ぶつけあったり、適切に批判し合える関係を築けている例はなかなかない。やはり相手から苦言を呈されて気持ちいい人はいないし、仲良くなれば「なんでこいつこんなこと言うんだよ」と思うのが人情なので。

なので「番頭」的役割が経営において必要となってくると思っている。事業のあるべき姿を追求するために、時に厳しく正論を貫き通せる存在。

特に日本の傾向としては、事業のトップが正論一辺倒で厳しすぎると組織が疲弊してくると経験上感じている。そこで、その横でいくら嫌われても厳しい意見を組織に投げかけ続ける「番頭」が求められるのかなと。私も日々の仕事で、自分があえて「嫌われ役」になって、組織の成長に必要となると思うことを言い続けようと心がけている。

いくら皆に嫌がられても、事業にとって、そして組織にとって必要なことを言い続けられる「嫌われ者」の経営における重要性は、改めて認識されるべきなのではと思っている。

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とくさん

経営を考える素材を提供します。娘二人の育児奮闘中の父親です。日系メーカー海外営業→外資コンサル→上海駐在→現在、経営企画本部長@米IT企業。

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