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エッセイ  東京上野 忍岡と不忍池

 東京に遊びに行く予定である。相撲好きな女房に本場の相撲を見せてやるというのが、第一の目的であるが、ついでに東京見物をして来ようと思っている。いろいろ行きたいところはあるのだが、迷ってなかなか決められないので、参考までにと思って、「東京八景」というものがあるだろうかと、ネットで探してみた。案の定、太宰の『東京八景』が出てきた。太宰の場合は、一般的な東京八景ではなくて、個人的な東京八景なので、今回はパスすることにする。あとはあまり参考になりそうなものがないので、「江戸八景」に変えてみるといろいろ出てきた。江戸時代の錦絵画家渓斎英泉が「近江八景」になぞらえて『江戸八景』を描いていた。「愛宕山の秋の月」「芝浦の帰帆」「日本橋の晴嵐」「忍岡の暮雪」「上野の晩鐘」「隅田川の落雁」「両国橋の夕照」「吉原の夜雨」の8箇所の風景が描かれている。その中で、ひとつだけわからない場所があった。「忍岡」である。ネットで調べてみると、上野の山のことらしい。なかなか洒落た、意味深なネーミングである。耐え忍ぶ「忍」なのか。お忍びの「忍」なのか、とあれこれ考えながら地図をみていると、ふと忍岡の下に「不忍池」があるのに気が付いた。「忍」と「不忍」、これが対でなくて何が対であろう。忍岡にあるのは、寛永寺。お寺の修行が「忍」で、山を下りた池が「不忍」。池の回りは「池之端」と呼ばれ、歓楽街もあったという。「忍耐」「禁欲」の忍岡と「不忍」「快楽」の不忍池・池之端。世の中を象徴するこの二つの対立軸が、上野公園にある、と思えばまた違った目で上野公園の散策もできるのではないか。ちなみに、さだまさしさん作詞による『無縁坂』という曲に、「しのぶ しのばず 無縁坂」という一節がある。きっと、さだまさしさんは上野のお山が昔、「忍岡」と呼ばれていたことを知っていたに違いない。

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