知らなくていい古いビルの話。
大きな交差点角の駐車場
「ここ、以前は何が建っていたんだっけ?」
三崎亜記さんの短編「彼女の痕跡展」には、そんな男女の会話が
はさまれる。
通い慣れた道に、つい最近更地になったらしい空き地を見つけたのだが、
以前そこにどんなビルが建っていて、どんな店があったのか思い出せない。
私にもこれと全く同じ経験が山ほどあるが、この場面とは正反対に
「ここには〇〇ビルがあった」と確かに覚えていた場所が
空き地になったり、全く新しいビルになって馴染みのお店が
消えてしまったりすると、軽い寂寥感に襲われる。
最近、都内で2か所、そんな体験をした。
一つ目は、20年以上、オフィスを構えていた東京・五反田を久しぶりで
訪れたとき。山手通りの五反田付近のランドマークとも言える
「ゆうぽうと簡易保険ホール」が取り壊されて駐車場に変わっていたのだ。
ビルから駐車場へのリニューアルは、商店街などでは珍しくないが、
東京の西側の環状線として都心交通を支える山手通りの大崎交差点角という
好立地が駐車場になっている光景は異様で、足元が不安定になったような
違和感を覚えた。
「都内の謎の風景」という特集があったら、迷わず私は応募する。
近所のよく利用していた文房具屋さんに訊くと「2020年に建て替えられる」
とのことだったが、インターネット上に確かな情報はない。
ここにJRAの本部があった
二つ目のこれは、よくある工事現場だ。虎の門と内幸町の中間にある
「西新橋1丁目」交差点近くの、ありふれた風景に感慨を覚えるのは、当然、以前この場所にあったビルを知る者だけに限られる。
この再開発では、三井物産の「物産ビル別館」や「日本酒造会館」などが
並んでいたエリアを取り壊し、27階150mの建物が建つ予定とか。
しかしインターネットで調べると2016年から工場は始まっていたらしい
から、いかに私がこの地を訪れていなかったかが分かる。
写真手前の道路沿いに、私が独立前に最後に勤めた広告代理店が
入居していた「東京桜田ビル」があり、確か隣には、いまは六本木にあるJRAの本部があった、ただそれだけのことである。
残らないビルの記憶
私は新卒から36歳で独立するまで計6社に在籍したが、1社が一度転居し、自分が一度転勤したので、都内の8棟のビルで働いたことになるが、
現在も残っているのは(あくまで私が確認した最新情報で)半分の4棟である。もちろん残っていない4棟は、私の思い出をよそに新たな近代的なビルに
変わってしまった。
ただそれだけのことだが、一つのビルを過去に遡って調べてみたら、
ある種の歴史的感慨にふれることができるのでは、と思いながら私は、
かつて「東京桜田ビル」があった場所から、JR「新橋」駅に歩きだした。
すると外堀通り沿いに、見覚えのないビルがいくつもあった。
いずれも以前には違うビルが存在していたはずで、もしかすると、
その内の一つくらいには、同僚と飲んだ居酒屋があったかもしれないが、
以前あったビルを、私は全く思い出せなかった。
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