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戯曲『おはようクラブ』進捗公開【12/11更新・完成】

円盤に乗る派かっこいいバージョン『おはようクラブ』執筆途中の戯曲を公開します。カゲヤマ気象台が書き進めるたびに更新。

A そうそうそうそう、それで、思ったんだった。苦しいことはもうやめにしよう。ぼくたちは気づかないうちにたくさんの服を着てしまったから、ひとつひとつ、脱がないと。悪い言葉っていうのがあって、悪い言葉は悪い言葉としか、繋がらないんだ。このままだと、倒れちゃうよ。悪い言葉とぶつかるたび、ぼくたちは知らず知らず服を着てしまうんだ。服は何枚でも着れるんだ。それはちっとも気づかないんだ。服は、いつのまにかぼくたちの気分にすら影響を与えてしまう。気分はいい? 気分はいい? わからないな。気分なんて、わからない。ちょっと自分の気分について考えてみよう。……。……。うん。どうだった? 僕はこの世界に対して、昔は感じていたはずの、多くの期待や希望について、なつかしさというよりむしろ、違和感のようなものを覚える。どこからが捏造で、どこからがまた捏造の捏造なのか、まあ捏造というのも、決して悪意のあるものではないのだけれど……。僕は毎朝生まれ直していて、生まれ直すたびに少しずつ違う世界に来ているんだと言えば、それは実感に合ってる。気がつけば、遠くまで来たものだ。マイケルだって死んだしな。えっ? マイケルだよ、マイケル。知らないかな。ジャクソンファミリーの8番目だよ。ほら、テレビゲーム好きで有名な……。知らないか……。誰も知らないよ、そんなこと。元の世界に帰りたい、そんなことをふと口にして、一体何になるのかわからないけど、少なくとも誰にも否定されない、理解もされないようなことに、僕はわずかなりの癒やしを感じるんだ。チョコボール1個ぶんの癒やしを。ピーナッツ。いまいくらなんだろう。「チョコボール、一箱分の一日を、指でひねって、ごみ箱の中、僕は今、板橋の駅に立ち、電車を……」パロディにはもう意味なんてない。きっと訴えられて頭をさげて謝っておしまい。ぜんぶおしまい。あらゆるものが見たことのある光景に還元されてしまい、永久機関が完成する。感情の永久機関が。そしていつか無になる。僕自身は、死によっては終わらない、きっと無によって終わる、そんな感じがする。つまんねえ……。つまんねえという、これは呪詛。ジャン・ジュソ。20世紀のフランスの文豪。河出からセレクションが出てる。

B 13歳になるころ、父が言った。一つの真実というものを根拠にしてはいけない。一つの真実をもってすべてを判断してはいけない。一晩中演奏を続ける群衆の、入れ替わり立ち替わり楽器が入り乱れるさま、コードもソロもなく、はじまりもおわりもなく、演奏者も聴衆もなく、朝日に溶けていくまで、踊り続けるような様子を思い描いてごらん。それがきっと一番楽しく、そして楽なありようのはずだよ、と。そのせいで僕は中途半端な大人に成長し、あらゆるものを決断せず、ぐずぐずと先延ばしにする傾向を身につけてしまった。父の世界には、きっと終わりなんてものは存在しなかったのだろう。彼はその10年後、工事現場の近くを通りかかって崩れてきた荷物につぶされて死んだ。きっと自分が死んだことも気づかなかったと思う。父の部屋には、帰ってから食べるつもりだったプラム・ケーキが残されていた。葬儀のあいだ、妹はずっと黙っていたが、翌日に僕を呼び出すと、真面目な顔で言った。「家を出て、遠い街へ行こうと思う。」「どうして?」と僕は尋ねた。妹は専門学校に通い始めたばかりだった。「せっかく奨学金をもらえたのに。」しかしその質問ははぐらかしたまま、妹は数日でばたばたと支度をし、家を出ていった。それから音沙汰がないまま、僕は高校の同級生と結婚し、30歳の誕生日を迎えた。例の工事はまだ終わっていない。

C 誰の話?

B そんな気がしたんだよね。あ、僕の父は元気ですよ。

C 私の元気を保とうとするモチベーションはあまりに高く、そのために毎朝4時半に起きるほどだ。先月のお給料は輸入品のマットレスに溶けて消えてしまった。サボテンを一匹飼っているので、大きくなったらタコスにしてやろうと思う。私の部屋は東にしか窓がなく、そこには川が、ときたま変な音をたてる。でっかい鳥が鳴いてる。私の朝は一杯のペプシコーラから始まる。糖分とカフェインを効率よく脳に送り、朝のラジオをつけると、その日は武満徹特集だった。私は読みかけのアメリカンサイコを手に取り、人をダメにするソファに埋もれ、じっと時間が過ぎる気配を、肌で感じ、朝が私の腸を満たす。それをトイレに流してから着替える。曜日ごとに決まっている服の、水曜日だから気持ちの悪い柄の、よく見ると動物の顔をした、ごわついたシャツ、袖をまくって、メイクし、概ね、整う。休みの場合なら、着替えずに、もう1時間だけ寝る。夢の中に、ピエロじみたミュータントが現れ、しかし私はそれのことを、最近映画で観た、ヒュー・ジャックマンか何かだと思っている。光化学スモッグの、警報が発令されたという声がする。これはきっと現実の世界の中で、防災用のサイレンがそう言っているのだ。今どき、スモッグだなんて、時代遅れな。私は窓のそばで、光がまぶしいと思いながら、本日2杯目のペプシコーラを飲む。炭酸なので喉が痛い。私がここでベランダで大きな声で歌ったら、ドローンのカメラはずーっと引いていって、スケールの大きい感じの、風の気持ちよさそうなシーンになってしまうだろう。(裏声で歌へ)「アンシンナボクラハタビニデヨウゼー、オモイキリナイタリワラッタリシヨウゼー」

D そのコーヒーどこで買ったの? ウルフマンジャック? 僕は概ね板橋のあたりをぶらついてて、週2で古着屋で働いてるんだけど、他の日は映画のレビューとか書いて稼いでる。ザック・スナイダー作品に関しちゃ、ちょっとした権威さ。コーヒーまだ飲む? そのコーヒーどこから来たの? 南米? 僕がホンジュラスにいたとき、小学校3年生から4年生までなんだけど、そのとき君はどこにいたの? 僕はこの国の未来をすごく憂えていて、選挙のときはいつも国民革命党に入れてるんだけど、知ってる? 国民革命党の新聞ってね、すっごい安いんだよ。水木しげるの漫画も載っているし、昔の未発表のやつ。『マグマくん』っていう。知らない? 『マグマくん第三帝国』は? マグマくんがナチスを乗っ取る話。ビレバンでよく売ってるよ。仲間が3人いてさ、つまり4人組で、ドイツに向かって旅をする、その道中がすごくいいんだ。僕はあんな風に旅がしたいとずっと思っていた。死んだり死ななかったりするんだけど、そんなことはどうだっていいんだ。お腹が空いたとか、眠たいとか、そういった欲望に忠実でいながら、悪いことだってするんだけど、でもそんなことはどうだっていいんだ。裏切ったり裏切られたり、絶対に仲良くはならなくって、でもどうだっていいんだ。ところで今日は東からの風が吹いているね。

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