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スタートボタンが押せない

(この話には何のオチもない。久々のnoteであり、ただの懺悔。)

隠してきたわけではないけれど、私には苦手な家事がいくつかある。
そのひとつが「洗濯」だ。
洗濯が苦手だ。
全然できないというわけではないけれど、すごく苦手だ。

もう少し詳しく言うと、
「洗濯機のスタートボタンが押せない」。

一度始まってしまえば、意外にも問題ない。洗濯物を干すことも、たたむことも、意外にもさほど苦痛ではない。(ちなみに、料理をするのも楽しいし、お風呂掃除もまあまあできる。)

でも、洗濯機のスタートボタンがなかなか押せない。

スタートボタンを押してしまったら、いずれ洗濯物を取り出して、たたまなければいけない。ソフトモードの場合は、干す工程も数十分後には待っている。

(あのボタンを押してしまったら最後、長きにわたり私を拘束する作業時間があるのだ…)と想像すると、億劫なのだ。始めてしまえば、大したことはないと身体は知っているのに、始めてしまうと大変なような気がどうしてもしてしまう。漠然と。できる限り、始めたくない。

このサボり癖、悪癖によって自分を苦しめていることはわかっている。わかってはいるんだけれど、スタートボタンが押せない。2人暮らしとはいえ、洗濯物は1週間で山のように溜まる。脱衣所でも週の後半になるとかなりの存在感を放ち出す。明らかに洗ったほうがいい。それでも、見て見ぬ振りをしてしまう。そのうちだんだん「あの服着たいけど、まだ洗ってなかったな」という感覚が出てくることもある。それでもなお、スタートボタンを押す勇気が出ない。

いよいよ平日が終わるころ、しびれを切らしたであろう夫が、スタートボタンをポチッと押してくれる。それでようやく「ああ、またやってしまった」と思う。夫よ、責めないでくれてありがとう。

「奈緒美はエンジンがかかるのが遅い。」小さい頃、母に何度もそう言われてきた。その度に「そんなことはないはずだ」と内心で思ったりしていたけれど、実際、今はもう認めざるを得ない。私はエンジンかかるのが遅い人間だ。よほど追い詰められないとできない。着手が遅い。

それでもこれまではどうにかなっていた。他者の目によってどうにかちゃんとしなきゃという気持ちで保っていた。でも、今の私は完全に甘ったれている。疲れているというのを言い訳に、洗濯機のスタートボタンを押さないことを内心で正当化しているのだろう。

もし、スタートボタンを押さなければお気に入りの洋服を捨てられてしまうとか、スタートボタンを押したらご褒美に美味しいコーヒーゼリーが食べられるとか、そういうことがあれば頑張れるのだろうか?それでも自信がない。

誰か「洗濯が好きだ」という人がいるなら、そのモチベーションの秘訣を教えて欲しい。または、洗濯してそのまま干して、たたんで、クローゼットにしまうところまで全自動で綺麗に完結してくれるマシーンの実用化を強く希望する。あるなら買う。切実。

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