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【園館訪問ルポ】インスタレーションとしての動物園展示──よこはま動物園ズーラシア「ジャングルキャンプ」(神奈川県横浜市)

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ことし20周年を迎え、生息環境をイメージさせるようなゾーン構成や、希少種の飼育・繁殖に力を入れていることで名高い、よこはま動物園ズーラシア

開園とともに日本初公開され、この園を特徴づけるシンボル的な動物として知られるのがオカピです。

オカピは珍しくて、美しくて、愛らしい。でも、「ただその姿を見て終わり」では、ちょっと寂しいです。園は、さり気ないオブジェや掲示物を通じて、明に暗に「オカピが暮らす森」の現状についてメッセージを発信しています。その含意に目を配りながら、尽きなく時空間全体を味わっていきましょう。

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「ジャングルキャンプ」へ向かう道の途中に、"Kindu"と"Kibombo"を示す地図が掲げられています。いずれもアフリカ中部、コンゴ民主共和国の地名。オカピやマウンテンゴリラが暮らす国です。

"Carte"はフランス語で「地図」。コンゴ民主共和国はかつてベルギーの領土。近隣のコンゴ共和国はフランスの領土であり、いまも両国で公用語としてフランス語が用いられています。

地図の右下には蒸気機関車が描かれています。ベルギー領だった19世紀後半から、象牙やレアメタル、そして剥製にするための希少動物を運ぶため、鉄路の建設が進みました。

何気なく掲げられた1枚の地図から、「動物の楽園」として知られる国が辿ってきた、複雑な歴史的背景が読み取れます。

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ジャングルキャンプの入口。不揃いな丸木のフェンスは屋内展示施設に連なり、世界観への没入を促してくれます。

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植栽に囲まれた板張りの通路は広く解放的でありながら、暗がりが持つ独特の静謐さに満たされています。等間隔の仄かな明かりが、密林に設営されたベースキャンプの世界に私たちをいざないます。

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この日、雨のためオカピは屋外の放飼場ではなく、屋内にいました。決して明るすぎないライトは、神経質なオカピが安心して暮らすための工夫でしょうか。施設全体の雰囲気とも調和しているように感ぜられます。ズーラシアは日本で初めてオカピの飼育を始め、繁殖にも成功しています。

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頭骨を通じて近縁の動物と飼育動物を比較する、園館でおなじみとも言える「体験型の」展示。台のデザインを屋内施設全体の色調と統一するなど、空間作りへの配慮が見られます。

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「キャンプ」の奥に進むと、暗がりの中、ゆったりと腰を下ろせるスペースがありました。オカピたちと出会った余韻に浸りながら休憩していると、ドキュメンタリー映像の音声が流れていることに気付きます。

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夜行性動物の展示施設等を除けば、昼行性の生きものの姿を伝える動物園で、このような深い陰翳をたたえる空間は異色です。しかし、明るい陽の射す場所では、映像が流れていたとしても多くの人は通り過ぎていってしまうでしょう。
暗闇は人を慎重にさせ、立ち止まらせます。そしてその中で目に映るものへの没入を生み出します。

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暗がりの中で静かに流れていたドキュメンタリー映像は、野生オカピが暮らすコンゴ民主共和国で起きているショッキングな出来事──密猟者が武装勢力と組んで保護施設を襲撃し、スタッフやオカピたちを殺害していった事件──と、事件の背景にあるアフリカの貧困問題に鋭く切り込む内容でした。

オカピたちに会う前に見てきた何気ない地図と、いまここで生きているオカピたちの姿と、野生下のオカピや保護活動家が直面している困難な現実と。一連の展示群が示す連関は決して単純かつ明るいものではないのだけど、目を背けたくはない、と感じ入りました。

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「ソトの人間」だった私たちが「キャンプの一員」となり、オカピと間近で接し、困難な現実と向き合うこと。「当事者」の立場から見えてくるものを追体験するということ。

近年日本各地で開催されている地域芸術祭の領域では、観る側が当事者として表現されたテーマに没入し、五感をフルに用いて体感する「インスタレーション作品」が大きな注目を集めていますが、良質なそれに近い計算された構成を、「ジャングルキャンプ」の時空間に浸りながら感じていました。

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