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きんとれ

高校時代の成績は、クラス40人中38番となかなかのパンチ効き具合だった。

私の出身県を知っている人には余裕で特定できるだろうが、私が通った高校の学科は「文系の虎の穴」みたいなところだった。
毎月テーマを課して小論文を書かされ、優秀作はクラス1人ずつ選ばれ小冊子として全校に配布される。毎回、各自で選定した参考文献必須。
そして年に1回は自由テーマで小論文を執筆し、オペラなぞを上演するホールで、選抜者は発表する。
私以外の生徒は、「全教科できる上に、文系が特にできる」という子たちばかりだった。ちなみに毎テスト、成績上位者100名の名前および点数が書かれた順位表が、全員に配布されていた。

40人中38番の私だったが、なぜか現代文と小論文はよくできた。毎月の小論文はちょっとしたハガキ職人みたいになっていたし、年イチの小論文発表の代表にもなった。ただ、それどまりだけれども。

そんな虎の穴を取り仕切っていたのがG先生だった。
G先生は、県内でも有名な国語教諭で、謎のカリスマ性と突飛な授業で生徒の心を完全に掌握していた。私はその掌握ぶりに若干恐れをなしていた。

突飛な授業の一例がこちら
・「俺は若い頃、ある日出会った男性を『先生』と呼んで慕ってたんだ。ある日先生から手紙が届いた。そこには、親友から恋する女性を奪った過去が書いてあってね…」
そう、夏目漱石の「こころ」の初回授業。まるで自分の体験のように「こころ」を語って、生徒をハラハラさせる手口。
・J-POPの歌詞分析。ユーミンの「海を見ていた午後」ハマショーの「もうひとつの土曜日」など。古いよ先生。でもこれ、まんま今私がやってること。歌詞の比喩表現を読み解くなど。
・「ここに飾ってある造花を見て、俺は最初生花かと思ったが造花でがっかりした。このがっかりした気持ちの正体って何だろうな」で数十分クラス全員で議論する。もちろん突発的なやつ。
・現代文の定期試験の問題がたった一問「『こころ』でKはなぜ自殺したか自由に記述せよ」解答用紙はA3を1枚。

またG先生はあらゆる角度から物事を見ることを教えた。今でいう情報リテラシーというやつだ。同一の事件について、各新聞社の報道の仕方の違いの比較などをし、「猜疑心を持て」「なぜ?なぜ?と問い続けろ」と教えてくれた。

G先生は、他の教科が壊滅的なのに現代文だけできる私に、結構目をかけてくれていた。藤子・F・不二雄の「ミノタウロスの皿」の授業があった。

その後、感想文を提出し冊子にまとめた時、私の1行だけ書いた「ステーキ食いてぇと思った。」を妙に気に入って、表紙に使ってくれた。
卒業後もたまに連絡を取り、会社PR誌を作ってます、というと「お前の才能を活かせる仕事でよかったな」と言ってもらえた。結局5年で転職してしまったのだけど。

WWTが軽くバズったとき、久々に先生に文章を見てもらいたい、と思いリンクを送ってみた。
「テンポがあって臨場感もある。面白かった」と褒めたうえで、超長文の添削指導をされた。全てが心当たりのある場所ばかりだったので、やっぱ先生は騙せないなぁと感服した。それでも、「お前の文章を読んで、ナンシー関を思い出したよ」という、これ以上ない賛辞をいただいた。

そのうえで、「せっかくの才能です、精進してください」と結ばれていた。

いやいや。
いやいやいやいやいやいや。
先生、この歳で精進したとて、何も起きないですよと。そもそも才能なんざないですよと。添削指導のついでに進路指導してくださいよと。
そう思った。

そして今回、審査員特別賞という、人生で初めての公の賞を受賞し、さすがにこれは先生に報告案件!と思ってリンクを送信した。
受賞のお祝いということもあってか手放しに誉めてくれ、「もっともっといろんな賞に応募するといい。自然と道が開けるよ」と結ばれていた。

今度は、いやいや、とは思わなかった。だって、そうするつもりだから。
そうできるように、このアカウントを作ったから。
オタ活文章とは別の脳で、推しのネームバリューに頼らない、「これは私の文章です」と言えるものを書けるようになりたかったから。
自然とどういう道が開けるかは分からないけれど。

オタ活垢のほうで 「才能がない」という救い という記事を書いた。
自分には才能がなくて気楽でよかった、という結びの文章だ。よく書けたと思っていた。
だが、日に日に、それでいいのかという思いが沸々と湧いてきた。
現状の「書くのが楽しい」「いくらでも書ける」という状態は、普通じゃないんじゃないか。だったらなぜそこに真剣に向き合わないのかという疑問と言うか、ある種の「逃げ」に対して自責の念が湧いた。
着火点は推しへの愛だった。それは間違いない。でも、今は、推し愛だけじゃなくても書けるんじゃないか、いや書けるはずだと思っている。

筋トレをして、美しい体になろうとする人を、「ボディービルダーになるわけじゃあるまいし」と嘲笑するのは浅はかだ。ひとまず今は、私も筋トレと同じ感覚で、「自分の文章を書く筋力」を鍛えたいと思っている。きれいに腹筋を割りたい。ボディビルダーになれなくてもいいから。

才能がなくても、いや才能の有無など気にせず、精進し続けることに、意味もゴールもなくていい。とにかく、強くなりたいという思いでいる。
畏敬の念を抱く先生が感じてくれた「才能」を、いやいやいやいや、だけで放置したくない、そんな欲が湧いてきた。

ここでは、そんな筋トレをしたり、たまに愚痴や弱音も書いたり消したり、数字を気にしない文章を書いて精進していきたい。
かなり自己満足の場にしようとしているアカウントをフォローされている皆さん、申し訳ない。運が悪かったということで諦めてください。
読んだ人になんの得もない文章は書かないようにします。今回は、地方のいち高校教諭の面白授業スタイルが知れて良かった、ということでひとつ。

これからもよろしくお願いします。

追記

でもやっぱり、ゴリゴリの推し関連文章を格調高く仕上げて、何らかの賞とって推しのエゴサに引っかかったら嬉しいな♡


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