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【創作大賞2024】アリス・イン・クローズドサークル 2話

2話「ジャバウォック」(4/30更新)

夢を見ていた。深い兎穴を下へ下へと落ちて、着いた場所は今はまったく使っていない自宅のリビングだった。

照明は点いていないが、窓からの月明かりで足元には人影が2つあることが確認できる。それが自分の妻と娘だと遅れて認識する。手にはずしりと重い感触。どうやら拳銃を持っているらしい。

なぜ?

どうして?

まさか自分が、妻と娘を

殺した……?

右耳の上に銃口が当てられる感覚がある。思考を断ち切るように、引き金が引かれた。

バンッ‼︎

耳をつんざくような銃声。途切れる意識。鮮明だった視界が少しずつ歪み、暗くなっていって途絶える。それで全てが終わった……はずだった。

「なぜ……生きてる」

意識が戻った竜三郎はつぶやいた。確かに頭を撃ち抜いたはずだ。激しい痛みも出血も本物だ。なのに、死んでいない。

がたがたと震える手で銃口を頭から胸に当て、再度引き金を引き心臓を撃ち抜く。銃弾が貫通したのを確認するまでもなく、竜三郎は膝から床へくずれ落ちた。

「……なぜだ、なぜ、生きてる」

2度目に意識が戻った竜三郎は両手で頭をかかえた。胸からはおびただしい出血で真っ白なシャツが半分ほど赤くそまっている。最初に撃った頭の傷に手をやると、ゆっくりとだがふさがってきていた。

「こんな、こんなことが……あっていいはずない。何かの間違いだ。死なない……なんて」

手にした拳銃を大きく開いた口に入れ、引き金を引く。カチッと弾倉が空になった虚しい音がした。竜三郎は口から拳銃を外し、床に放り投げた。

からから、と拳銃が床の上を回転していきリビングの壁にあたって止まる。口から自然と苦しげな嗚咽がもれる。

その後、リビングの妻と娘の死体を一体どうやって処理したのか。自分がどうやってこの屋敷を探しあて、サークルを始めることになったのか。そこの記憶だけが頭の中に霧がかかったように思い出せない。

「……ねえ、大丈夫?」

竜三郎の耳元で声がした。目を開くと、窓の外にまだ夜の青さの残る空とベッドから起き上がった亞莉子の不安そうな顔が見えた。

「ああ……もしかして僕、うなされてたかな。起こしてごめんね」

「ううん、アリスは平気。でも……とても苦しそうだったから」
「そう、みたいだね。久しぶりに悪い夢を見てたみたいだ……ほら、こんなに汗かいてるし。ちょっと着替えてくるよ」

竜三郎は亞莉子の顔を見ておどけたように笑い、羽織っていたタオルケットを脱ぐ。中に着ていたシャツを見るとじっとりと嫌な汗が染みていた。

寝ている間に無意識に掻きむしったのか、髪もかなり乱れている。

亞莉子の部屋から出た竜三郎は真っ先に洗面所に向かった。蛇口をひねり、冷たい水を顔一杯に浴びる。何も考えずにただ顔を洗うことだけに集中する。

そうでもしないと、さっきまで見ていたあの夢が頭の中に何度もフラッシュバックしてきて正気が保てない気がした。

右肩からたらした解けかけていた髪を三つ編みにして結び直し、ぱんっ!と両手で頬を叩いて喝をいれる。

(……大丈夫、ただの悪い夢だ。早く忘れよう)

「これ……似合うかな?」

部屋の姿見の前に立った亞莉子が振り返り、困惑した顔を竜三郎に向けてくる。

ぼさぼさになっていた白くて長い髪は丁寧に櫛けずられ、シックな水色のリボンが両耳の上でゆれている。

今まで着ていた白い検査着のような衣装は同色のエプロンドレスになり、首元には竜三郎がしているものと似たデザインのリボンタイが結ばれていた。

「ああ、ちょっと君には派手すぎたかな。気にいらないなら変えるけど」

竜三郎がそう言って衣装を脱がそうと近づくと亞莉子はぶんぶんと首を横に勢いよく振って拒んだ。

「そ、そんなことない……!とても素敵……だから、これでいい」


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