「塚本廉」が嘘だったんじゃない、全部が嘘だったんだ

2010年代の大学生の間に巻き起こった「意識高い系」の界隈が明確に死んだ。平成が終わるまではどうやら持たなかった。

意識高い系界隈の中心付近にいたカリスマであり、プロフィール上では東京大学を卒業、イスタンブール大学大学院に在籍、10社を超える会社を経営し、トルコ親善大使を務めていた「塚本廉」のプロフィールは、全て虚偽であった。

以上は過去の「塚本廉」のインタビュー記事に記載されたプロフィール画像である。
http://out-elite.com/tsukamoto-entrepreneur

上述のプロフィールのような「塚本廉」は存在しなかった。

僕は2012年に京都大学文学部に進学し、「意識高い系」界隈にたびたび出入りをしていた。僕はオルタナティブ教育を推進する集団に属していた。活動は地道なものであり、塾の運営や公立校への出張授業など、あまり派手さや夢のないものだった。

よって、「意識高い系」の中心たる「キラキラ」した「夢」を語る(騙る)人たちからは、多少の距離があった。僕から遠いところで、人望や注目を集めていたのが塚本廉だった。

性格の悪い書き方をしよう。「意識高い系」とは、若者の手で「新しい社会」を作ることを目指し、日夜全国各地でイベントを開いてはディスカッションをしたり、プレゼンテーションをしたりし、時たまイベントがないときに、自分の事業(あれば)を回す人たちのことだ。

「意識高い系」の界隈においては、カリスマ性のある人間がとりわけ持て囃された。人望を持ち、実績()を持ち、求心力を持ち、発言力を持ち、「カリスマ大学生」として取材を受けたりメディア出演したりする人たちが現れだした。その中の一人が塚本廉だった。

僕は彼に二、三度会ったことがある。きっと性格的に合わないだろうと思い、キラキラした彼に深入りしなかった。プロフィールの全てをその時点で信じていたかと言えばそうではない。「トルコ親善大使」という文字列を見たときには、それどうやってなるんだよ、と思った。しかし、「意識高い系」界隈においてはそういった信憑性のない肩書きさえ、カリスマへのパスポートとなっていた。人々に持ち上げられる彼を、僕は「遠いところで何かしら頑張っている人」くらいに思うことにした。

そして全て嘘だった。塚本廉には東京大学を卒業した痕跡はなく、10以上の会社経営を行なっていた痕跡はなく、彼の存在はあまりにもがらんどうな空洞だった。

ここまではいい。ここまでは別にいい。正直、本件において「塚本廉」それ自体はアイコンに過ぎない。どうでもいい。「経歴詐称」は大なり小なり誰にでもある。「盛る」ことは誰にでもある。その度が過ぎていたことはさておき、プロフィールを華やかに彩りたくなる気持ちは僕もわかる。僕だってトルコ親善大使になりたい。

本件において何が大問題なのか。
それは、「意識高い系」たちの事後のリアクションに見て取れる。彼らは塚本廉の経歴詐称告白に対して、以下のようなリアクションをした。

壊れた現実に対して逃避的なコメントが並ぶ。「意識高い系」たちに、「塚本廉」の解体を受け止めることはできなかったのだ。カリスマの死は界隈の死を意味する。彼らには親殺しができなかった。

なぜこうなったのか。これは「意識高い系」のコミュニケーション上の作法に由来する。

彼らは、「同じ志を持った人たちへの批判」をよしとしない。明るい未来、理想の未来を作るための「仲間」として連結し、既存の「凝り固まった社会」へのカウンターを打ってやろう、というポジションに「凝り固まって」しまっている。だから彼らはカリスマに盲信するほかない。

このことが意味するのは、結局彼らは「既存の社会」へのカウンターを打とうとした結果、「また新しいムラ社会」を作り上げ、そこに住み心地の良さを感じていたに過ぎなかったということだ。彼らは「新しい社会」を作ろうとしていたわけではない。「自分たちのムラにとって都合のいい社会」「でっかいムラ」を作りたかっただけなのだ。なんて無力で共依存的なコミュニティなんだ。

彼らには「塚本廉」を否定することができなかった。「塚本廉」を否定することはカリスマの崩御を意味し、界隈の死に繋がるからだ。しかし、ご覧の通り、彼らが「塚本廉」を肯定したことで、界隈はやはり死んだ。構造の欠陥は全員の死を意味する。がらんどうなカリスマを崇めてお前たちは腐る。そこにあるのは高い意識だけだ。実体がない。内容がない。存在がない。だから「新しい社会」は来ないよ。

さらに言えば、「意識高い系」界隈の自浄能力の無さもまた浮き彫りになってしまった。誰がこうなるまであからさまな嘘を放っておいたんだ。「意識高い系」は社会を変えるべく活動してきたのに、カリスマ格の経歴詐称の一件をも見抜くことができなかった。彼の近くにいた人たちは何を見て、何を信じて、何を話していたんだ。

このことは、結局のところ「意識高い系」など内部にとっての真実に固執する1つの小さなムラであり、大して大きなエネルギーを持っていたわけでもなければ、履歴書の厳密なチェックが入るような案件すら存在しないような、ごくごくチンケな界隈に過ぎなかったということを意味してしまう。逆説的に、「意識高い系」の影響力の無さ、エネルギーの無さが浮き彫りになってしまう。おい、どうやって「新しい社会」を作るんだ。

また、さらに滑稽な点として、「アンチエリート主義の未遂」がある。「意識高い系」は本来は既存の社会へのアンチテーゼであり、アンチエリート主義をしばしば内包するものであり、「大学なんか中退しちまえ」「大学の勉強なんかクソだ、役に立たない」という価値観が広く共有されている。

それにも関わらず、その中心にいた人物は「東京大学」という学歴主義信仰そのものを、経歴詐称によって具現化していたのである。お前たちは結局世俗の価値観に支配されきっていたのだ。それならば「新しい社会」を作る必要なんてないじゃないか。結局若者は何を目指して、どこに立って戦っていたんだ。

塚本廉が嘘だったんじゃない、全部が嘘だったんだ。

そういえばこの記事の中で僕も嘘を1つ付いている。僕は京都大学文学部ではなく、京都大学教育学部卒業である。経歴を詐称していた。大変申し訳ない。

追記:詳しく書くことはしないが、ついに塚本廉ならびに「意識高い系」界隈の一部による、ねずみ講まがいの勧誘活動があったことを耳にしてしまった。

追記2:彼のこれまでの活動実態については、YouTubeに投稿された講演動画やインタビューサイトの記事が軒並み削除されているために確認が難しくなっている。



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コメント5件

なぜか流れ着いた場所(ここ)には、以前から思っていた「意識高い系とその界隈」についての端的で的確なすばらしい文章が。私は普段はコメントなんかしない40代男ですが、感想を書きたくて登録までしてしまいました。わずかですが投げ銭もしました。知らなかった楽しみが出来てうれしいです。カフカと知恵の輪も注目しようと思います。
kamiyaさん
僕の観測範囲でも、悪い方ではありませんでした、関わった方にはなんらかのバイアスや認知的不協和が働いているのだと思います。誰もが呪いから放たれるとよいのですが
カウさん
ありがとうございます。なんぼか文章を書ける、以外に目立ったストロングポイントの見えにくいしがない芸人です。どうぞ応援よろしくお願い致します。
小保内さん、はじめまして!!大変読みやすく興味深い記事で、引き込まれてなんども読みました。
私としては、なぜ虚構を作り上げてまで自分の承認欲求を満たそうとする人がこんなにいるのか、という点に関してずっと考えています。
塚本廉自身もそうですが、彼に感染して未だに擁護し続ける人がいるあたり、この社会になんらかの問題が存在し、それもかなり根深いものなのではないかなと考えています。
こういった現象が生まれた社会的背景に関してどのようにお考えですか?
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