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「さあ、立て。ここから出かけよう」申命記7:6~8/ヨハネによる福音書14:27~31 日本キリスト教団川之江教会 復活節第5主日礼拝メッセージ 2023/5/7

 先週5月3日、私たちは憲法記念日を迎えました。日本国憲法76歳の誕生日ということになります。実は日本国憲法誕生に関わる日付には公布日と施行日があります。公布日というのは広く一般に知らせた日ということですが、これから日本の憲法は新しくなります、新しい日本国憲法はこういう憲法です、ということを明らかにした日で、終戦の翌年1946年11月3日のことでした。それから半年の周知期間を経て1947年5月3日に施行、日本という国が実際に日本国憲法のもとで歩み出した日です。この二つの日付、どちらを憲法記念日とするか議論があったそうです。11月3日は今のように文化の日になりましたけれど、その思いについて当時の国会議員だった山本勇造議員-作家の山本有三さんですが-こんな言葉を残しています「この日は、憲法において、いかなる国もまだやったことのない戦争放棄ということを宣言した重大な日でありまして、日本としては、この日は忘れ難い日なので、是非ともこの日は残したい。そうして戦争放棄をしたということは、まったく軍国主義でなくなり、また本当に平和を愛する建前から、あの宣言をしておるのでありますから、この日をそういう意味で『自由と平和を愛し、文化を進める』、そういう『文化の日』ということに我々は決めたわけなのです」。山本さんは11月3日案を推していたので文化の日に寄せた言葉になっていますけれど、新しい憲法への厚い思いが語られています。前の憲法からいろんなことががらりと変わったわけですが、山本さんが「戦争放棄ということを宣言した重大な日」と言っていることからも、日本国憲法の主眼が戦争放棄にあることがわかります。それから76年、憲法は一度も変わっていないのに、意味合いは大きく変わってしまいました。国外の基地を攻撃できるように法律を変え、そのためのミサイルを配備して、戦争をする準備を着々と進めています。

 評論家で「九条の会」の呼びかけ人をされた加藤修一さんが、こんな言葉を残されています「戦争の準備をすれば戦争になる。平和を望むなら平和を準備した方がいい」。加藤さんが亡くなる3年前、2005年に行なわれた「九条の会」の講演会で話された言葉だそうです。このとき加藤さんはラテン語のことわざを引用して、それに反対して話されたそうですが、そのことわざはこういうものでした「平和を望むなら、戦争を準備せよ」。今の日本政府はこのことわざ通りに進んでいますし、大方の戦争はこのことわざに従っているといえるでしょう。ただこのことわざの元を辿ると、ローマ帝国のウェゲティウスという軍事学者の言葉にまで遡れるのだそうです。とても興味深い話です。
 ローマ帝国の支配下で生きられた主イエスは、<わたしは、平和をあなたがたに残し、わたしの平和を与える。わたしはこれを、世が与えるように与えるのではない>と言われました。この言葉は当時の世、ローマ帝国が与える平和に反対しているのではないでしょうか。戦争を準備して周りの国に脅威を与え、戦争をして相手を負かす。そうやってローマ帝国はパックス・ロマーナ、ローマの平和を作ってきたと言われています。でもその平和は戦争に勝った者だけの平和です。脅威を与えられた人たち、戦争で負かされた人たちは全く平和ではありません。それに戦争に勝った方も、本当には平和でいられません。いつも敵の存在に<心を騒がせ><おびえ>続けなければならないからです。平和のために疑心暗鬼になり、平和のために敵を作り、その平和はどんどん小さくなっていく、それは平和ではなく孤立です。主イエスは、ご自分の平和はそのようなものではないと明言されたのです。

 日本国憲法の前文の真ん中に、こんな言葉があります「日本国民は、恒久の平和を念願し、人間相互の関係を支配する崇高な理想を深く自覚するのであって、平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した」。これを人任せのみっともない憲法だと言った総理大臣がいましたけれども、まったく逆で、この憲法前文は平和の極意を言い表しています。なぜなら平和は言葉の通り「相互の関係」だからです。一方だけの平和は、平和ではありません。そして平和な「相互の関係」を築くには、その相手の「公正と信義に信頼」する以外にないからです。先の山本有三さんの言葉を借りれば、日本国憲法は「いかなる国もまだやったことのない」主体的な決意を「宣言し」ているのです。それを「人任せ」と言うのは、あまりに見当違いです。それでも受身的だと言うのなら日本がすべきことは、相手から日本の公正と信義に信頼してもらえるように尽くすことではないでしょうか。
 神様がエジプトで奴隷となっていたイスラエルの民を<御自分の宝の民とされた>のは、<他のどの民よりも貧弱であった>からだと言われます。それは文字通りの<数が多かったからではない>というよりも、戦争という強さを誇る手段を用いない民という意味なのでしょう。奴隷の身であってもやろうと思えば武装蜂起もできたでしょうが、実際そうはしませんでした。モーセはファラオの「公正と信義に信頼して」粘り強く交渉を重ね、神様はそのような民に御手を差し伸べられたのです。その結果ファラオの軍は自分の力を過信するあまり、深追いをして自滅してしまうのでした。

 「平和を望むなら、戦争を準備せよ」。平和という言葉に戦争の影をまとわせる時代、平和という言葉に<心を騒がせ><おびえ>る人たちに、主イエスは<わたしの平和>はそのようなものではないと宣言されました。そして<心騒がせるな。おびえるな。・・・さあ、立て。ここから出かけよう>と声をかけられたのです。<さあ、立て。ここから出かけよう>、この言葉だけを取り出すと勇ましい、人を鼓舞するような、出陣を思わせます。でも主イエスは戦いに行くのではありません。平和を築くために出かけるのです。主イエスの命を狙う者たちのところへ、彼らの「平和を愛する公正と信義に信頼して」進んでいくのです。勝ちにいくのではありませんから、負けはありません。倒しに行くのではありませんから、倒されることもありません。力を誇示しにいくのではありませんから、無力さに挫けることもありません。主イエスが十字架に架けられ死なれたことも、主イエスの平和に至る道筋の途中だったのです。その道を歩む者に、神様は御手を差し伸べられます。ですから主イエスが残された平和の道を、私たちは平和を望む人たちの公正と信義に信頼し、私たちもまたその人たちから私たちの公正と信義に信頼してもらえるように、立って<ここから出かけよう>ではありませんか。

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