メイド服のタカミー 第一話

埼玉県秩父郡荒川村、伊弉諾・伊弉諾(イザナギ・イザナミ)の時代から神事を司ってきた名家・櫻井家。
未だ変異株を産み続けながら猛威を振るうコロナ・ウィルスのため、約2年に渡って村内に籠らざるを得ず、東京は九段下にある日本武道館での祝典が出来ずにいた。

「このまま何もせずに待ち続けるわけにもいくまい」領主の櫻井賢は、腹心の部下のなかでも最もたくましい髙見澤俊彦を女の使用人に変装させ、偵察の目的で敵地に侵入させることにした。
なぜ女の使用人、メイドなのか。
「だってそういう髙見澤を見たかったんだもん」特に根拠などはなく、櫻井の個人的な趣味であった。

櫻井の希望どおりにメイドの姿をした髙見澤は、武州中川から秩父鉄道に乗り、国鉄熊谷駅で乗り換え、東京駅に着いた。
コロナが流行り始めた頃は、マスク姿の人の群れが異様に見えて怖いくらいだった。しかし今となってはあまりに当たり前で、人前でマスクを外すことが下着を脱ぐのと同じくらい恥ずかしい。
雑踏に紛れて一人の黒いマスクをした筋肉質のメイドがいても目立たない。おそらく土産物店の販売員とでも思われているのだろう。
いつ終わるのかわからない工事が行われているいつたどり着くのかわからない通路を進みながら、髙見澤の目線は左右の壁をくまなく確認していた。
まもなく、まもなく、まもなく。2番線に下る階段に近づくと、何でもないように白い壁に大きな手を掛け、そのまま蒸気のように吸い込まれていった。何十、何百もの人が行き交っていたにも関わらず、誰一人それを目撃することはなかった。

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