ニュークリアエアリア6

 「行ってきます」とも言わず、「行ってらっしゃい」とも言えず与高が学校へ行くと、直後に創さんから電話があった。
「笹塚君今いいか、実はな、、、」
低音でゆっくりとした少し聞き取りづらい、いつものトーンに安堵する。創さんは良いことを伝える時もあまり良くない時も、電話は同じようにして始まる。電話だけではないが、いつも準備万端なのだ。よく聞いておかないと話が突然どっちに転がるか分からない。この日のように電話がくることが予想できるときは、たぶん悪い話しではないが。肇はスイッチを入れるようにして「はい」と応答する。
「まだ下書きが上手くないんや、右上のお母さんの表情があるやろ、それがなんか気に入らんのや、ちょっと正面向きすぎなんかな。横顔にしたらええんかなと思って、昨日だいぶ消してしもたんや。それで今日は色のことをやろうかと言ってたけど、まだもう少し下書きをやらなあかんのや」
創は電話を片手に廊下へと出て、うろうろしながら一週間ぶりにその絵を思い浮かべてみる。
「そうですか。もう少し献身的な母親っていうイメージですかね。だんだん古風というか良く言えばトラディショナルな感じにはなってきていると思いますが、わかりました。もうすぐしたら家を出ますので、今日10時ですね」
「はい、はい」と言って、創さんは電話を切った。2個目の「はい」はトーンが上がって、リズム感がある。浮足だったというか、空へ向かう階段を登るような気分だ。

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